ショートショート014 告げ口
ある会社に、エヌ氏という人物がいた。エヌ氏は部長の地位についていた。会社の業績はこのところ上昇中で、そろそろエヌ氏もまた昇進、ということになりそうだった。
しかし当然、順風満帆のエヌ氏を妬んでいる者もいた。
ある日、会社の休憩室でエヌ氏が同僚に、こんな話をしていた。
「俺には春から社会人になる息子がいるんだが、ここだけの話、俺が口添えをして、この会社に入ることになったんだ」
その会話を、一人の男が盗み聞きしていた。男は、以前の人事異動のとき、エヌ氏と並んで部長候補に上がっており、社内でも次の部長は男かエヌ氏かと話題になっていたのだが、結局はエヌ氏に負けて話は立ち消えになってしまった。そのため、男はエヌ氏を逆恨みしていたのだった。
エヌ氏の秘密を知った男は、チャンスとばかりに他の役員に告げ口した。
「うむ、そんなことがあるとなれば、エヌ氏の処遇を考えなければならんな」
役員の言葉を聞いて、男は顔には出さなかったが、内心でにやりとした。これできっとエヌ氏は左遷、俺は部長に昇進するだろう。いい気味だ。
その夜、男はバーで景気よく飲み、家に帰ってぐっすりと眠った。
次の日、出勤して上機嫌で仕事を始めようとしていた男は、始業前に役員に呼び出された。
男は心の中で小躍りした。これでにっくきエヌ氏は左遷、俺が部長だと、期待に胸を躍らせた。
しかし、役員の放った言葉は、まったく予期せぬものだった。
「君は左遷だ」
「なぜです。左遷になるのは、エヌ氏ではないのですか」
「おい、分かっているくせに、しらを切るんじゃない。エヌ氏の息子なんて、この会社に入る予定はないぞ。全部、君のでっちあげじゃないか」
「そ、そんな、まさか……」
「どんな言いわけをしても良いが、決定は変わらないぞ。君を、地方にとばすことにする。くびにならないだけありがたいと思うことだ」
そうして男は左遷となり、出世コースから外れ、本社に戻ることはなかった。
その頃。エヌ氏はひとり、つぶやいていた。
「こんな単純なわなに引っ掛かるとは、あいつの器も大したことはなかったようだな。もし、自分の感情に引きずられて行動を起こすようなことさえしなければ、その器量を認めて、自分の後任にすえてやろうと思っていたのに。まったく、ドジなやつもいるものだ」
オチをもうひと捻りしたかったのですが、いまひとつ良いものが浮かばなかったので、諦めました。もしいいものが浮かんだら、ナンバーを014'に変えたものを改めて投稿します。