第4章 2011年10月 チャレンジレース 第99話
第99話【山口 輪太郎】
そこから先行する3人に追いついて7人の集団になったあとも、俺は積極的にはペースアップはしなかった。ローテーションには入るけど、ペースは上げなかった。可能性はすごく低いけど、もしかしたらムサシなら追いつくかもしれない。
ムサシ、お前は今日は晴れ舞台のはずだったろ。お前がどれだけ強くなっているか、見せてやれる舞台だったんだぞ。お前は自分じゃ分かってないかもしれないけど、どれだけ強くなってるのか、分かってるのか。お前がどれだけ素質に恵まれてるか、分かってるのか。ここでコケてる場合じゃないんだぞ。自分の才能に責任取れ。
俺は、一緒に朝練を始めてから嫉妬していた。お前の才能に。お前は俺に敵わないと思ってるらしいが、俺からしたらムサシの才能の方が恐怖だ。どれだけの勢いでどれだけ強くなるのか。俺は血液検査の結果を見せてもらった時に、やっぱりかなわねえと思ったさ。
俺は、どうやったら、何をしたら強くなれるか、トレーニング方法もそうだし食生活もそうだし、今までずっとずっと考えていた。その俺に、部活に入ってる訳でもなく、自転車に乗り始めて2~3年で普通に朝練で走っているだけで追いついてくるお前は何なんだと思ったよ。
ロードレーサーになりたかった。どうしようもなくヨーロッパのロードレースはかっこいいんだ。ツール・ド・フランスくらいしか日本人は知らないだろう。でもそれだけじゃない。ヨーロッパには文化としてのロードレースがある。俺はそこで戦いたかった。
もし、ムサシがいなかったら俺は競輪選手じゃなくてロードレースを目指したよ。親父がなんと言おうと。
でもな、ムサシを見て諦めたんだぞ。俺はロードレースをあきらめた。お前の走りを見て、俺はかなわないと思ったさ。俺は物心ついてから10年以上、親子鷹で自転車に乗ってきた。それを1年とか2年とか乗っただけのムサシが俺に食らいついてくる。普段の練習量だって、俺の方が多かった。それなのに、お前は俺に追いついてくる。持って生まれた才能はあるんだということを俺は思い知らされた。
少なくとも、インターハイで走っている同年代のライバルにはロードレースで『敵わない』という思いを抱いたことはなかった。強い選手はもちろんいるし、1年2年の時は上級生に負けた。
それでも、俺はずっと自転車に乗ってきて練習量だって気持ちの強さだって同年代なら負けない自信があった。最後は俺が勝つとずっと思って走ってきた。でも、ムサシの素質、才能には、この先、敵わないと思った。才能の差を思い知らされたんだぞ。
例えば、野茂英雄とか中田英寿みたいになってくれ。未だマイナーな日本のロードレース人気をメジャーにしてくれ。お前は日本でも世界でもなんでもいいからロードレースで成功してくれ。大げさだと思うかもしれないけど、お前ならできる。
俺は最後にムサシに勝って、ロードレースの未練を断ち切る。それが俺のロードレースの未練を成仏させてくれると思っているんだ。
それなのに、なんでここでコケてんだよ。
第100話に続く




