第4章 2011年10月 チャレンジレース 第92話
第92話【福井 晴美】
2組の先導者のバイクが通過していく。
来た。2周目も先頭はムサシ君だ! 輪太郎は!
「輪太郎!」
ムサシ君のすぐ後ろだった。私は数十メートル先の輪太郎と目が合った気がした。
すると、先行するムサシ君は、ダッシュできる体勢から猛烈に加速し始めた。先に通過した1組よりも、もっともっと勢いがある。すごい勢いで山頂に向かってきた。
私はそのムサシ君の加速の勢いに目を奪われていた。自転車って、こんなにすごいの。この坂をそんなスピードで走れるものなの。
ムサシ君に目を奪われた次の瞬間、更に猛烈な勢いで輪太郎が加速して山頂を駆け抜けていった。文字通り、駆け抜けていった。
カッコいいというよりもガムシャラに、猪突猛進、ほんと猪のように突進していった。山岳賞のラインをどっちが先に超えたのか、私の位置からは分からないくらいの接戦だった。
私は、山岳賞を取るのはムサシ君かなあと思っていた。2人の口調もそんなんだった。登りならムサシ君のほうが強いって。
だけど、私が見たのは輪太郎のものすごい勝利への執念だった。正しくは勝利じゃないね、ゴールじゃないから。でも、2人にとったらここもゴールなんだろう。これが本当の輪太郎の姿なんだ。
いつものように私の前では余裕かましていて楽勝で勝つぜとか言ってる輪太郎じゃなかった。ほんの1m、いや数十センチのために、ガムシャラにほとんど獣みたいな勢いで駆け抜けていった。
私は今まで何を見ていたのだろう。本当にあなたはすごいわ。輪太郎。
山頂で2人が通過するのを見送った。私は圧倒されてただただ放心していたら、勝利さんにゴールに間に合うと言われた。
ゴールに間に合う!
我にかえって律ちゃんと私は坂道を駆け下り始めた。駆け下りてるつもりが、下り道で逆に膝がガクガクして思うように走れないのがじれったい。
坂を下りていく途中、まだまだ2組の選手たちが登っていく。輪太郎やムサシ君も必死に登って行ったと思う。他の選手も必死に登っていく。速くても遅くても必死に登っていく。私はその選手達にも頑張れと気持ちで応援しながら邪魔にならないようにゴールに向かう。
間に合った。良かった。こんなに全力で走ったのは、最後にトライアスロンを走って以来よ。ゴール地点では1組の先頭がゴールした後で、そのあと続々と後続の選手がゴールしてくる。私は息が上がって足はガクガク。だけどそんなこと言っていられない。
ゴール地点の両サイドには走っている選手たちのチームメイトらしき応援団が大勢いる。雨も上がって応援する方も盛り上がっている。こんなに素敵なシチュエーションでゴールできるなんて素晴らしいと思う。最後に優勝したいって言っていた輪太郎君の気持ちも分かる。勝たせてあげたい。輪太郎に。
第93話に続く




