第4章 2011年10月 チャレンジレース 第91話
第91話【福井 晴美】
1周目の登りで、ムサシ君は本当に先頭で頂上に現れた。
まるでそれは白馬の王子様のようだった。青春ドラマの主人公みたいだね、こんな展開、そんなのあるのかって思ってしまう。確かにカッコ良い。自分の彼氏が一番なんて、律ちゃんにとったらどんなに素敵なことだろう。私もムサシ君をかっこ良いと思ってしまった。
そのすぐ後ろから、輪太郎も登ってきた。その時、私は意外と冷静だった。もっとキャーキャー言っちゃうかと思ったけど、今回ばかりは律ちゃんの方が感激屋さんだったわ。輪太郎はきちんと前を見ていた。大丈夫、輪太郎は勝負を狙っている。そうそう、お父さんがいたから、私はちょっと冷静だったのかも。律ちゃんと2人だけだったらどんなになっていただろう。
「輪太郎君!」
ほら、お父さんが応援してるわ。頑張って、未来の私の旦那様。
「晴美、晴美の彼氏はすごいな。自転車のレースって、こんなところをこんなスピードで走るのか」
お父さんは驚いていたけど、その驚きは私も一緒だ。輪太郎のすごさは分かっているつもりだったけど、やっぱり凄いのね。
先頭集団で落車って、転ぶこと?
ラジオの実況が2組の先頭集団での落車を伝えていた。確かに律ちゃんは路面が濡れているとリスクが高いと言っていたし、実況の解説者も今日はリスクが高いレースになりそうだとは言っていた。
でも、輪太郎もムサシ君も、誰よりもこのコースを知ってるって言っていた。目をつぶっても走れるって豪語してた。2人ともきっと大丈夫よね。
自転車で転んだことならある。小さい頃、道路の段差に前輪を取られて転んだ記憶がある。大学に入ってからも、スマホを操作しながら油断して転んだ。あれは痛かった。それ以来スマホを操作しながら自転車に乗るのはやめた。あの痛みで、危ないって身を持って知った。
大人になってから転んだりするのって、すごく痛い。子どものころは擦り傷がたくさんあって痛みなんて日常だったけど、大人になると耐性がなくなるのかな。例えば、今ここで歩いていてアスファルトの上に転んだって、とても痛い。歩いて転んだって痛いのだ。下りでスピードが出ていそうなアスファルトの上に転倒するのなんて想像がつかない。お願い、輪太郎。無事でいて。
1周目は割と冷静だったけど、落車の情報があった2周回目は、緊張して緊張して、いてもたってもいられなかった。見た目で一見クールで冷静に見えるらしい私は、そういう自分を作ることもあったけど、輪太郎の前では自分を隠せない。
私はクールな女子ではなく、彼氏を応援する普通の女の子になっていた。私よりいつも冷静な律ちゃんでさえ、いてもたってもいられなくて両手を握って祈っていた。私たちは青春ドラマのヒーローとヒロインになっていた。
第92話に続く




