第4章 2011年10月 チャレンジレース 第89話
第89話【福井 晴美】
ムサシ君は私と律ちゃんの作ったおにぎりとかサンドイッチをリュックに背負って先に会場に向かった。気をつけてね。輪太郎に私のおにぎりと卵焼き、律ちゃんのサンドイッチをよろしくね。
ムサシ君の家族は仲が良いと思う。お父さんがいないのは関係ないと思うくらい幸せそうだ。たぶん、それを埋め合わせるために、みんなで気を使っているとは思う。それを考えると切なくなったりもする。
そして、おじいちゃんとおばあちゃんは本当に仲が良いんだなと思う。昔はガンコだったのよ、ようやく丸くなったわと言うおばあちゃんが可愛いと思う。うちのおじいちゃんとおばあちゃんも仲が良い。
そういうのが幸せなんだと思う。例えば、私や律ちゃんが今が幸せだというのは、それは十代や二十代で恋愛をしてたら当然に幸せに違いない。自分で言っていて照れるけど。
でも本当に幸せだなあと思うのは、おじいちゃんおばあちゃんになって仲良く笑っていられることだと思う。恋愛って惚れた勢いってのがあると思う。恋愛に夢中になっている私が言うのもなんだけど。
おじいちゃんおばあちゃんになって、何十年も一緒に過ごしてきて、そして最後に笑顔で一緒に過ごせる人生って素晴らしいと思う。
私は輪太郎とおじんちゃんおばあちゃんになって一緒にいられるかなんて、まだぜんぜん想像できない。でもそうだったら楽しいに違いない。そう思えるだけで今を幸せだなと思う。
私達はスタート地点の森林公園からちょっと離れた駐車場にクルマを置いて傘をさして会場に向かった。私も律ちゃんも更にレインジャケットも羽織ってるから、それほど小雨も気にならない。
途中、小雨の中、何台ものロードレーサーが追い抜いていく。みんな派手なピチピチしたジャージにレーパンていうショートパンツに、ヘルメットにサングラスをしていて、そこにウインドブレーカーを着てリュックを背負っていた。私には自転車のレースというのがどういうものか、想像がつかない。
「競輪とかと違うんでしょう?」
「そうね、ちょっと違うわ。例えるなら、競輪が100m走だとしたら、ロードレースは中距離とか長距離、マラソンね。自転車に乗るっていうのは共通だけど、言ってみれば別の種目なの。ロードレースでも平地のレースと登りのあるレースでも違うけど」
律ちゃんがいろいろ知ってるのが心強い。
「競輪選手になりたい輪太郎は、今日のレースに向いていないんじゃないのかな」
私は陸上では中距離の1500mメインで走っていたけど、例えば短距離選手が1500mに出ても勝負にならない。どうなんだろう。
「輪太郎君は、ロードレース向きなんだと思う。競輪選手になるためのトレーニングをしてるけど、ロードレースにも向いているんだと思う。じゃないとインターハイのロードレースで勝つことなんてできないもの。それに今日のレースはロードレースでも距離は短いしパワーで勝負できるから優勝候補なのは間違いないわ」
輪太郎は競輪選手になるって決めている。一見、ふざけているように見えるけど、そのストイックさは私が陸上少女だった頃を思い出しても頭が下がる。目的に向かう信念が揺るがないのがすごい。年下の男の子なのに、私は輪太郎を尊敬している。
第90話に続く




