第4章 2011年10月 チャレンジレース 第85話
第85話【香川 律子】
私はムサシ君に力をもらった。おじいちゃんもそうだと思う。絶対に。私はムサシ君が表彰台に乗らなくても構わない。結果がどうであれ、この瞬間を私に与えてくれたことで感謝したい。ありがとう。
「ムサシ君も輪太郎君もまだまだ大丈夫だ。後続が追いつかなければ、先頭集団で走れれば最低10位にはなれる」
「何を分かった様子で解説してるの、あなたとムサシ君たちじゃ、レベルが違うでしょう」
「いや、そのムサシ君に自転車を教えたのは俺だから、ムサシ君は俺の弟子って訳だ」
「ムサシ君は全然そんな風に思ってないわよ」
私たちの応援団にはものすごく幸福感があった。きっとうまくいく。誰もがそう思った瞬間だった。
「2組の先頭集団で落車があった模様です。下りのコーナーで3人が転倒したとの情報」
「今日の路面はウェットですからねえ、かなりリスキーです」
「そのリスクを承知で先頭集団は走っています。紙一重です。落車に巻き込まれなかった7人はそのまま後続を引き離しにかかっているようです」
実況が先頭集団での落車を伝えていた。
「うそ!」
私のリアクションは、ドラマのような陳腐なセリフと陳腐な仕草そのものだった。「うそ!」と叫んで開いた口を両手で押さえていた。それ以外に何もできなかった。
「落車か。ムサシ君達じゃないことを祈るだけだな」
難しそうな顔をして勝利さんが腕組みをしている。誰も気休めを言えない。
「待とう。ムサシ君と輪太郎君が来るのをさ、そして応援しよう」
勝利さんがラジオのスイッチを切った。ムサシ君、順番なんてどうでも良いから、また登ってきて。私に応援させて。次の周回までの20分を私たちは永遠のように感じた。大げさでなく。私と晴ちゃんにとってはその20分が永遠に感じられた。
第86話に続く




