第4章 2011年10月 チャレンジレース 第83話
第83話【香川 律子】
土浦から宇都宮まで、高速と幹線道路を走って、カーナビどおりに走って2時間もかからない。晴ちゃんといろいろ話しているうちにあっという間にムサシ君ちに着いた。ほんとあっという間。
私達がこんなにおしゃべりだったなんて発見だねと晴ちゃんが言ったけど、そのとおりりだ。恋する女子はいろいろ話したくなってしまうのかな。私達の話題はほんとに尽きなかった。おしゃべりするだけのドライブ行っても楽しそうだねと次のドライブの計画なんかもしたりした。
もちろん恋の話。私も晴ちゃんも困ってる風に話しているけど、お互い聞いているとお互いの話がのろけ話に聞こえる。結局、私も晴ちゃんも今の恋愛が最高に楽しい時期なんだ。
そんな訳で気分的にはあっという間にムサシ君ちに到着するや否や、『上がっていきなさい』と予想どおりのおじいちゃんおばあちゃんのお誘いがあった。車の中で想像していた。絶対にそうなるって。パンもおにぎりもずいぶん多めに作ってきたので、一緒に朝ごはんで食べた。
サンドイッチやおにぎりを食べながら、ムサシ君のおじいちゃんがおばあちゃんと笑っていた。私は泣きそうになった。家族って、良いな。ムサシ君のおじいちゃんのことを考えて、そして私の家族を思い出して、私はちょっと涙ぐんでしまった。
そんな風にムサシ君の家に着いて朝ごはんを食べていたら、勝利さんと恵子さんも来た。勝利さんと恵子さんも応援に行くとのことだった。
そして、驚いたことに、おじいちゃんも応援に行くことになっていた。勝利さんが車椅子におじいちゃんを乗せて押していくことになっていたのだ。私は思わず想定外の驚きのリアクションを返してしまった。
私の驚き具合に、晴ちゃんが驚いたくらいに私は驚いた。晴ちゃんは、もちろんおじいちゃんのガンのことは知らないから、私がなんでそんなに驚いているのかは分からない。
「たぶん、健の自転車の試合を応援できるのは最後だからな。行ってみたいと勝利君に頼んだんだよ」
晴ちゃんは状況を飲み込めなかったみたいだけど、それ以上は聞かなかった。たぶん、私の驚く様子に何か事情があることを察してくれただろう。
私たちは、霧雨の中、レース会場に到着した。お父さんとお兄ちゃんたちは何度か宇都宮にジャパンカップを観に来ていた。宇都宮から帰ってきてからも、お父さんとお兄ちゃんがレースの様子を熱く語っていたのを思い出す。
宇都宮森林公園とか古賀志林道とか餃子とか、そういう単語を懐かしく思い出す。泊まりで出かけていたこともあったから、レースを走ったこともあったのだろうか。レースを走ったと言っていた記憶はないけど。
会場に着いてみると、レース会場には、大型液晶スクリーンや物販のブースや仮設の観客スタンドが設置されて、本場のヨーロッパのレースのようだ。私もよく知らないけど、きっとこんな感じなんだろうな。明日のジャパンカップ本番用のステージで今日のレースが走れるなんて、確かにホビーレーサーなら熱くなるのが分かる気がする。
そして、ここにお父さんたちも来ていて同じようにこの風景を観ていたんだな。そこをムサシ君がお父さんのバイクで走るんだな。なんだか感傷的になってしまう。小雨は少しずつ霧雨みたいになってきた。スタートまでには止んで欲しい。
ムサシ君と輪太郎君と話をしていたら、晴ちゃんのお父さんが来て、案の定、輪太郎君がびっくりしていていた。
そのあとムサシ君の練習仲間らしいおじさんたちに私たちは囲まれてびっくりしていたり、そんなこんなでスタート前の時間はあっという間だった。
ムサシ君たちがスタート位置に移動すると、私のスマホが鳴った。勝利さんからだ。
「いま会場に着いた。雨も止みそうだね」
しばらくして、駐車場にカッパを着て車椅子を押してくる勝利さんと恵子さん、車椅子のおじいちゃんが来た。
「ムサシ君達はスタート位置に移動したんだね。雨降ってたから、ちょっと遅れちゃってね、でも今からなら山頂で応援できるな」
「車椅子なんていらん」
そういうおじいちゃんを恵子さんがなだめて、私たちは山頂に向かった。
第84話に続く




