第4章 2011年10月 チャレンジレース 第81話
第81話【宮本 健】
「輪太郎!」
晴ちゃんの声もする。
元気百倍だ。
「ムサシ!」
最後に、驚いた。
最後に、じいちゃんの声が届いた。
しっかりした、昔、道場で怒られたような気合の入った声だった。なんで、ここにじいちゃんがいるんだ。
勝利さんが車椅子を押さえていた。雨の中を、ここまで来てくれたのか。僕はじいちゃんの姿が視界に入ったとき、泣きそうになった。感動しちゃったじゃないか。
自分の意思に反して一瞬で目頭が熱くなってしまう。鼻の奥がジンジンと熱くなる。泣いてなんかいられない。視界が滲んでしまう。僕は涙に止まれと命令する。涙と一緒にアドレナリンが吹き出してくるのが分かる。
律ちゃんやじいちゃん、勝利さん、恵子さんたちの声援を受けて、僕は先頭で山頂を通過した。いける。モチベーションは最高だし脚だって回っている。バイクはこれ以上望めないバイクだ。
山頂通過直後に後続を確認した。十人位の先頭集団に輪太郎も残っている。当然だよな。ここから後方の中切れした集団を引き離す。
山頂通過後、3人の選手が前に出て積極的にペースを上げて下り始めた。同じことを考えているに違いない。後続を引き離せれば、この先頭集団の10人の中で優勝者が決まる。
先頭で下ったほうがコース取りも自由になるけど、このウェットコンディションでは追い抜きも無理できない。しかも先行する3人は十分ペースも速い。無理して先頭に出ることはないかもしれない。
下りは九十九折を繰り返す部分と、短い直線が交じる部分がある。先頭の3人はいいペースで安定して下っていた。離されないようについていくと泥が混じったしぶきが飛んでくるけど、気にしていられない。
短い直線にでると1人が右から追い抜いていった。次のコーナーは右カーブだ。ちょっと危ないなあと警戒してブレーキングを早めにかける。
危ない。あれじゃオーバースピードだ。次のコーナーのRはけっこうきつい。
スリップするぞ!
そう思った瞬間、スローモーションのように情景が進んだ。右手前の選手は右コーナーに侵入前に慌ててブレーキングしたけど、オーバースピード気味で慌ててブレーキングしたせいかリヤタイヤがロックしてスライドしている。
このままでは、曲がり切れずにオーバーランするか転倒するかどっちかしかない。
右コーナーでちょうど右手前を塞がれた形の僕は、一気に体勢を後ろに引いて後輪荷重にしてロックしないようにブレーキングをする。すぐ後ろに他の選手がいたら突っ込まれるなとヒヤヒヤしたけど大丈夫か。
そう思った瞬間、右手前の選手がスリップして転倒し、僕の右コーナーへの進路を塞いだ形になって、前方を防ぐように右から滑ってくる。反応するまもなく、僕はすくわれる形で一緒に転倒する。その瞬間はスローモーションのようだった。
僕は転倒しコース脇の杉林の山際に突っ込んだ。
「ムサシッ!」
下っていく輪太郎の声が聞こえる。
第82話に続く




