第4章 2011年10月 チャレンジレース 第80話
第80話【宮本 健】
「ムサシ行け! 山岳賞取れ~」
斎田さんと川島さんが山頂の手前のカーブで応援してくれている。山岳賞は2周目だよと苦笑した。斎田さんはピンク色の山岳賞の証の「マリアローザ」のジャージを着ている。川島さんは530ジャージを着ているけど、随分お腹が出てきているな。最近走ってないって言ってたからな。僕は息が上がってきたのに思わず苦笑した。
僕とロードバイクとの関わりで言えば、勝利さんが僕をロードバイクに引き込んでくれた。そして、斎田さんと川島さんが530朝練に僕を引き込んでロードバイクの本当の楽しさを教えてくれた。そこから一緒に走れる仲間というかおじさんたちの知り合いが増えた。
530朝練で一緒におじさん達と走れたことで僕は自転車の魅力にとりつかれた。その2人の応援が嬉しかった。
そして勝負としてのロードレースを教えてくれたのが輪太郎だ。僕は振り返って輪太郎の視線を確認した。輪太郎の視線が行けと言っている。準備完了だな。僕らの作戦が発動する。
僕は周囲の応援を背に受けてハンドルバーのドロップ部に持ちかえる。
ギヤを数段シフトアップして腰を上げてダンシングで一気にペースをあげる。ヒルクライムでもコレくらいの距離ならダンシングでこなせるようにトレーニングしてきた。僕は一気に先頭に出る。輪太郎も追走してくる。振り返って後続を観察すると、僕らについてきたのは8人程度か。
狙い通り、集団は途中で中切れを起こしている。僕らを含めてこの先頭10人はモチベーションも高いはず。後続に追いつかれたくないのはみんな一緒のはずだ。
このまま下って、平地に出るときに後続と距離を離せれば、レースは僕ら10人の勝負になる。この10人で勝負を決める。1周目で人数を絞って2周目は少人数で逃げる。最後は僕ら2人でアタックする。それが僕らの今日の作戦だ。
さすがに心拍も上がってきて脚も辛くなってきたけど、限界じゃない。でも、山頂付近の緩斜面になってから加速したのでは、他の強い選手にリードされちゃうかもしれない。それじゃあ、僕にとっては意味がない。僕は律ちゃんのヒーローになるんだ。斜度が緩む前に更に加速する。輪太郎は無理には追走してこない。最後のカーブを越えて山頂が見えた。応援の声がいくつも聞こえる。
あれ、僕はコーナーをクリアしてからの路上のペイントに一瞬、目を奪われた。
「限界を超えろ! ムサシ!!」
ツール・ド・フランスの山岳コースみたいに、僕の名前と飛び出しそうな不死鳥のように翼の生えているロードバイクがペイントしてあった。派手に白と黄色でペイントしてある。
昨日の朝はなかった。
ペイントと名前を確認して、僕は走りながら泣きそうになった。なんだってこんなペイントがあるんだ。感動しちゃうじゃないか。
「ムサシ君!」
そして、山頂までの50m、律ちゃんの声がはっきり聞こえる。僕はさっきのペイントと律ちゃんの声援でスイッチが入った。僕はアンダーバーを握ったまま低い体制でダンシングしていく。後方から他の選手も加速して並びかかっているのが視界に入る。
こういうのは、登りで勝負するクライマーの本性みたいなものなんだろう。スプリンターがゴールで必死に数センチを争うのと一緒だと思う。クライマーは登りのてっぺんで負ける訳には行かないんだ。
並びかけるけど今の僕は疲労を感じていない。
ほんとは十分きついんだ。きつくないわけがない。でも気持ちがカラダを突き動かす。踏める。限界はまだ先にある。更に踏み直して先頭で通過しようとした。山頂のちょっと手前から確認すると勝利さんと恵子さんがいた。そうか、分かったぞ。あのペイントは勝利さんが書いてくれたのか。
【81話に続く】




