第4章 2011年10月 チャレンジレース 第76話
第76話【宮本 健】
なんと、晴ちゃんのお父さんも来ていたのだ。びっくりした。
「駐車場が意外と離れてるな。歩いただけで疲れてしまったよ。輪太郎君かな。いつも晴美がお世話になっているそうだね、晴美の父だ。ムサシ君かな、この前は晴美が泊めてもらったそうでありがとう」
「え、は、あ、はい。ややややや山口輪太郎です。いつもお世話になってます」
突然だった。僕もびっくりだ。
でも、それ以上に、いつもは大胆不敵な輪太郎の狼狽え振りが面白かった。確かに、この展開は狼狽える。晴ちゃんはとなりで笑っている。教えてやれば良かったのに。晴ちゃんのお父さんはいかにもお寿司屋さんの職人さんという感じでがっしりした角刈りの渋いお父さんだった。
挨拶のあと、ちょっと雑談した後は、お父さんはレース会場の物販店とかが珍しいのか、その辺を見てくると言って会場内を回り始めた。お父さんはお父さんできっと緊張してるんだ。
早く言ってくれとか心の準備があるだろとかいつもの輪太郎らしくなくジタバタしている輪太郎を笑っていると、僕も笑えない展開になってきた。
「ムサシも男だなあ。何をレース前にニヤついてんだ」
声をかけられて我に帰ると曽根さんだった。
「噂のかわいいい彼女達か。ふたりともほんとにかわいいなあ。ふたりともこの自転車バカたちにはもったいない。ほんともったいない。しかしレース会場だと目立つね。おっさん比率高いからなあ」
確かにレース会場だと2人はとても目立つ。ロードレースって男女比では圧倒的に男率が高いし、応援する側もロードバイク仲間が多い。その中で素敵な女子の2人組がいるととても目立つ。
僕は誇らしい気分になる。
そう思ってると、更に朝練の知り合いのオジさん達が集まってきて、律ちゃんと晴ちゃんを囲んで可愛い可愛いと言い始めた。僕は予想外の展開に狼狽えてしまった。僕が狼狽えることじゃないのに。
「いいんだよ。かわいい女の子って、こういうの慣れてるから大丈夫」
今度は余裕の表情で輪太郎が解説する。
「そういうもんなの?」
「そういうものなの」
朝練のおじさん達は、律ちゃん達に向かって、俺を応援してくれとか友達を紹介してくれとか息子のお嫁さんにどうだとか、なんだか話がどうなっているか分からない。2人を隙をみて連れ出して雨宿りしながら、ちょっと落ち着いて話せる場所に移動した。
第77話につづく




