第4章 2011年10月 チャレンジレース 第71話
第71話【宮本 健】
スバルのエンジン音で律ちゃんたちが到着したのを知った。ちょうど6時になったところだ。
「おはよう。天気があまりよくないね、大丈夫?」
天気が良いか悪いかなんて、律ちゃんのその笑顔を見たら関係ないって思えちゃう。絶対に大丈夫に決まっている。
「おはよう。今日の天気なら大丈夫大丈夫。地元も地元、毎朝くらいに朝練で走ってるんだから目をつぶってても走れるって。雨が降ってくれた方がありがたいくらい。2人の応援の方が心配だって」
「なんだかその言い方、輪太郎に似てきたんじゃないの?」
晴ちゃんに言われた。確かに、このところ輪太郎ウイルスに感染しているかもしれない。
「あの強気の虫の爪のアカでも飲んでみたいと思ってるんだ」
僕はちょっと茶化して言ってみるけど、それは本音だ。
「それは、飲まない方がいいと思うけど」
晴ちゃんが冷静に言ったあと、律ちゃんが言った。
「オニギリとかパンとかも多めに持ってきたの。良かったら、おじいちゃんおばあちゃんやお母さんも朝ごはんで食べて」
「良かったらも何も。じいちゃんさ、朝から期待してたんだよ、笑っちゃうでしょ、孫の彼女に、もう」
ちょっとその言い方が照れたけど、その照れ方をごまかすように律ちゃんから渡されたバスケットをじいちゃん達に届けに玄関から居間に向かって声を出した。
「律ちゃんや晴ちゃんがパンとか卵焼きとか、焼いてきてくれたよ!」
上がってお茶でも飲んで行きなさいとか、朝ごはんはうちで食べて行けとか、じいちゃんばあちゃんが律ちゃんと晴ちゃんを引き止めにかかった。受付時間に余裕はあるし、明日のジャパンカップの本番と違って駐車場にも余裕はあるだろうけど、僕は輪太郎と待ち合わせをしている。
「あのさ、受付とか準備とか試走とかがあってさ、あまりゆっくりしてられないんだけど」
僕は、会場で輪太郎と律ちゃんと晴ちゃんとでの時間が欲しかったので、ちょっと大げさに言ってみた。
「あら、それなら健は先に行ってなさい。別に健がいることないから。2人は茨城から来てくれたのよ、ちょっと休んでもらいなさい」
母親まで朝から引き止めに加わって、それに反抗するのが面倒になったので、僕と輪太郎の分の朝ごはんをバックパックに背負って先に会場に向かうことにした。
予定が狂ったけど、じいちゃんがちょっとでも嬉しそうにしてくれるなら僕も嬉しい。それは律ちゃんも同じに思ってくれていると思う。爺ちゃん孝行だ。よくできた孫と孫の彼女だ。
第72話に続く




