第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第69話
第69話【宮本 健】
レースの前日の朝、最後の練習を輪太郎と一緒に走る。たっぷり眠ることが出来て、無事に起きられて良かった。寝不足とか練習サボったりしたけど、集合場所までの脚は軽かった。
今の時期の古賀市林道の九十九折には、ツールドフランスに見られるような路上に選手を応援するペイントがされていたり、コース脇にはスポンサーののぼりが建てられていたりして、その雰囲気が僕のテンションを上げてくれた。
そして、明日は山頂付近で、明日は律ちゃんと晴美さんが応援してくれるに違いない。このシチュエーションが僕のテンションというかモチベーションをかきたててくれる。健全に闘争心が湧いてくる。負けない。勝ちたい。まずは輪太郎に勝ちたい。どうやったら勝てるかといろいろ考えるけど、たぶん可能性は少ない。でもまずは舞台に立って、主役になるんだ。律ちゃんの応援に応えたい。
登り1本だけ、朝練で輪太郎と限界まで張り合った。そのあと輪太郎と明日のレースの作戦をじっくりと何度もシミュレーションした。夕練は軽く流しておしまいにした。バイクの準備も終わって、持ち物のチェックも終わり、夜ご飯も普通に食べて風呂にもゆっくり入って、明日のレースの準備は完了だ。
じいちゃんの入院は来週の予定だ。おばあちゃんにほんとのことを伝えたのかなと思うけど、僕には分からない。おばあちゃんは普通に見えるけど、どうなんだろう。考え始めると眠れなくなるから寝てしまおう。明日はレースだ。
明日は雨の予報だけど、輪太郎に言わせると「雨が降りゃあ、地元の俺達が有利だ」という。そんなもんかな。最後に律ちゃんにメールしてから寝よう。もし返事が来なかったらなかなか寝られないかもしれないけど。
「明日、僕は全力で走ります。今、人生の中で史上最高に闘争心が湧いています。じいちゃんの件で自分自身がどうなるかと思ったけど、じいちゃんがそういう状態なら自分がいい結果を出すのも「じいちゃん孝行」かなと思うようにします。
輪太郎は強いけど、僕も強くなっています。レースで最大(だと思う)のライバルが輪太郎というのが良いのか悪いのか。勝てる可能性は少ないけど、ゼロじゃない。勝つつもりでスタートします。明日は雨の予報だけど、応援は大丈夫かな。傘とかカッパとかを忘れないでね」
送信してさあ寝るかと思ったら、律ちゃんから返信が来た。
「明日は、朝ごはん、パンとかオニギリとか適当に持っていこうと思います。6時くらいだったら、朝ごはんで食べられるかな? 私も晴ちゃんも、頑張って応援するね。雨だとしたら落車とかに気をつけてね。
そうそう、お父さんもお兄ちゃんも地元でレースに出ていたの。私は物心ついたころからお父さんのレースの応援に行っていたし、お兄ちゃんが地元に帰ってきてからは2人を応援しに毎年行っていたの。
思い出したら、なんだか泣けてきちゃった。お父さんもお兄ちゃんも、お母さんと私が毎年応援していた海岸線の見晴らし台の登りには、いつも先頭で登ってきたのよ。毎年よ。
お父さんは1回だけ優勝したことはあったけど、たいていはゴールまでに抜かれちゃうの。でも、そこだけは先頭なの。カーブを抜けて先頭でお父さんが先頭で登ってくるところは、ほんとカッコ良かった。小さい頃は私のヒーローだったのよ。
お兄ちゃんが帰ってきてからはお父さんとお兄ちゃんは年代別に別のレースで走っていたんだけど、2人とも先頭で登ってきた。ゴールで勝てなくても、そこだけは先頭で登ってきたの。今思えば、2人ともただ家族の前では良いカッコしたかっただけなのかも」
明日は、輪太郎は強いし、輪太郎以外にも他にどんな強い選手がエントリーしているか分からない。そうだとしても僕は一番で登っていく。メールを読んで強く思った。律ちゃんのお父さんとお兄ちゃんがそうだったように僕も先頭で登っていく。僕はもう一度メールした。
「山頂で応援しててください。僕も先頭で登っていきます」
必ず山頂を先頭で登ろうと誓った。僕が律ちゃんのヒーローになる。




