第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第68話
第68話【宮本 健】
僕は、自分自身にスタートラインに立てること自体が幸せなんだと言い聞かせた。一瞬でもじいちゃんがこんな状況で走るのはどうかと迷ったことを情けないと思った。律ちゃんも「レース走るんでしょう」と背中を押してくれている。
僕は走る。じいちゃんの一件で僕はかなり凹んでいる。確かに落ち込んでいる。でも、最初の1日以外は、驚くくらいに腹は減るし普通に眠くなる。感情は落ち込むこともあるけどそれ以外はまったく普通に生活している。
僕は自分自身がどれだけ鈍感なのかと情けなくなった。例えば、こういう状況の時だったら食べ物も喉を通らないとか食欲が全然ないとかなるんじゃないかと思っていたのに、普通に腹が減る。悲しくて眠れなくなるかと思えば、今は普通に眠くなる。
でも、裏を返せば、生きられる人間は生きろということなんだろう。
これは輪太郎的な考え方になっちゃうけど。もっと死が日常で身近だったに違いない原始時代とかだったら、死を受け入れて生きていかなくては自分自身が生きていけなかったんじゃないかな。
今みたいに死が病院で管理されていない時代は、もっと身近に死があったんだろうな。その度に親兄弟が、全員で家族の死に際で立ち止まったていたら、その家族は生きていけなかったんじゃないかと思う。大げさかも知れないけど、人は、生きていくように生まれてきたと思う。
じいちゃんの件はとても悲しいけど、落ち込んでいるヒマはない。走れるなら走らねば。明日は金曜日。レース前日だ。明日の朝は輪太郎と朝練する予定だ。前日にどこまで追い込めば良いか分からないけど、走っていないと不安になる。
僕はまだいろいろと整理ができていないことがある。ほんとはいろいろとじっくり考えてみたいと思う気持ちもある。それはレースが終わってから考えよう。今は不規則になった睡眠時間を元に戻して明日の朝にいつもどおりに朝練に出撃しよう。今日は眠れる気がする。寝る前に輪太郎に朝練行くからとメールした。
第69話に続く




