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第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第67話

第67話【宮本 健】


 僕はメールを読みながら泣いた。この1週間の感情がぐしゃぐしゃになって、ぐるぐる回って胸の中が暴風雨みたいになっていた。胸がどきどきするとか胸が苦しいとかあるけど、確かにアタマで考えているというより、喜怒哀楽が激しい時は心臓が感情を持っている。


 人はほんとにハートで考えるんだと思った。律ちゃんのメールで感情が高ぶってもう眠れないかと思ったけど、ふと気がつくと、またそこまで眠気がやってきた。律ちゃんが僕の支えになってくれる、そのことが、僕を落ち着かせてくれた。眠気は再び睡魔になって、高ぶった感情を打ち負かしてくれた。ようやく眠れる。僕は久しぶりに落ち着いて眠りについた。


 木曜日の朝、僕は睡眠時間は3時間もなかったけど、予想外にすっきりと目が覚めた。それでも、一昨日はほとんど寝てなくて、昨日も3時間くらいしかねていない訳で。

起きた時から、いくらなんでもつらい1日になるかなと思っていた。今朝の朝練は、昨日の夜のうちから行かないとメールしておいた。輪太郎は今朝も走ってるだろうか。間違いなく走ってるな。


 僕は起き出す前に毛布にくるまりながら律ちゃんに返信をした。いろいろ書きたいことはあったけど、寝坊気味で時間がなくてうまくメールに出来なくて、結局シンプルにありがとうという内容になってしまった。


 朝ごはんは、母さんが無口で雰囲気が微妙だったけど、じいちゃんとは普通に会話できた。おばあちゃんはまだ知らないだろう。でも僕が変な気を回しても仕方がない。僕は出来ることをやっていくしかない。その日、寝不足続きな割には普通に1日を過ごせたけど、夕練もサボった。レース前に寝不足だったり、練習をサボってしまったりしていて良いのかと思ったけど、今日は無理しない方が良い。今日は走っても集中できない。


 それでも、僕は走れる。

 走れるということ。いろいろあったけどスタートラインに立てること。レース当日に絶好調かどうかは分からないけど、僕はスタートラインに立つことができる。それはほんとに幸せなんだと改めて思う。


 スタートラインに立つことができても、オリンピックとか全日本選手権とかじゃなくても身体的にも精神的にも物理的にもコンディションを良い状態に持ってくるのは、素人なりにほんとに難しい。

 数少ない僕自身のレース経験から言ってもそう思う。レベルが低い高いが問題じゃないところで、いろいろと難しいということを、改めて実感する。


 一緒にチャレンジレースを走る予定だった五十嵐さんと田代さんだってそうだ。2人はスタートできるかどうかも分からない。2人は僕の中では『自転車的変態マニア度最強レベル』だ。知識的にオタクでマニアというより、自転車に乗ることにシンプルにフィジカルにマニアックなんだ。そんな2人が、目標としてきたチャレンジレースで走れない。


 五十嵐さんはレース2週間前に脇道から飛び出してきた車と衝突。前歯を5本も折ったらしい。顔面にもひどい擦過傷を負ってしまって、かなり痛々しい状況だ。幸い、骨折はなかったらしいけど。あ、前歯を折るのって骨折かな? それだけで済んだのはそれはターミネーター並みのパワフルな肉体を持つ五十嵐さんだからだとみんなが言っていた。


 五十嵐さんは、530朝練だけじゃ足りなくて、朝の4時くらいから走って530朝練に合流したり、夜勤明けでそのまま朝練に来たりする。それだけじゃ物足りなくて、帰り道のサイクリングロードで『逆立ち腕立て』や『片腕腕立て伏せ』や『V字腹筋』をしてたりする。犬の散歩で歩いているおばちゃん達にびっくりされるそうだ。確かにね、早朝のサイクリングロードで逆立ち腕立てとかやってたらびっくりだよ。


 田代さんもその元気さは信じられない。飲み会の次の日に朝練で寝坊したくなくて玄関先でそのまま寝てたり、子供載せ自転車に保育園の娘さんを載せて古賀志林道を登ったり、両足を攣りながら激坂を登ったりしていた。


 しかし11月から転勤で、仕事の引継ぎや引越しの準備で毎日深夜までの残業やら休日も引越しの準備やらで、10月になって全く乗ってないらしい。レース当日も休日出勤になるかも知れず、参加できるかどうか分からないと言っていた。

 春先からチャレンジレースを目標にして週末の朝練は一緒に走ってきた。このレースを走るために頑張ってきたのになあ。走れないなんて、ほんとに悔しいに違いない。


第68話に続く

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