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challenging-現在進行形な僕らは 第1章 2011年8月 海と出会いと悲しみと 第6話

第6話


「昨日はありがとう。すごく楽しかった。ムサシ君にもヨロシクね。

律ちゃんも楽しかったって。


 今日のメールはね。実はかなり悩んだの。私が言うのはお節介かもしれないけど、律ちゃんからじゃ言えないから。この先なんてどうなるか分からないけど、最初に言っといた方が良いと思ったの。だけど律ちゃんに了解取るのがなんだか怖くて。

 今日になって律ちゃんからOKをもらったわ。この先、輪太郎君とムサシ君とまた会うのが楽しみだから、このメールを書いています。


 律ちゃんね、実家が陸前高田市なの。

震災でね、お父さんとお母さんとお兄さんが亡くなったの。亡くなったというのは正しくないわね。津波でね、今も3人とも行方不明なの。

 律ちゃんは大学の合格が推薦で決まっていて、あの日、寮や大学の下見に来てて無事だったの。震災後、全然家族と連絡取れなくて、帰るにも陸前高田への自宅まで戻る交通手段が寸断されてて、ようやく3日後に被災地向けの救援物資を運ぶ市役所の車に事情を説明して乗せてもらえたらしいわ。その行動力はすごいわよね。私だったら、動くことさえできないと思うもの。


 家は家財道具とかは地震でめちゃくちゃだったらしいけど、津波の被害には遭わずに建物は無事だったらしいんだけど。お父さんもお母さんもお兄さんとも連絡が取れなくて必死に探したらしいの。


 市役所の『なんとか文化センター』の所長だったお父さんは、地震の時は市役所で会議があったらしいけど、避難してきた人が集まってきた文化センターで指揮をとるためにすぐに戻ったらしいの。

 そしたら、3階建ての文化センターを丸飲みする津波に襲われて、今も行方不明。スバルのワゴンはお父さんのクルマなんだって。形見になっちゃったって、言ってた。


 お母さんは保母さんだったのね。津波警報がでて、避難途中で津波に襲われちゃったらしいの。保育園は海岸沿いの市街地にあって、警報がでてたから避難するクルマで道路は渋滞していて、1歳からの赤ちゃんも含めて高台を目指して避難していたらしいのね。その避難中に津波に襲われて。


 律ちゃんはお母さんが大好きだったんだって。自慢のお母さんだったらしいの。子供たちを助けようとして必死で逃げて、それでも子供たちを助けてやれなかった律ちゃんのお母さん。きっと子供たちと一緒になんとか生き延びようとしたに違いないって、律ちゃんは泣きながら、この話を話してくれたのよ。私も、その時の律ちゃんのお母さんの思いを想像して涙が止まらなかった。


 お兄ちゃんは中学校の体育の先生だったんだけど。学校自体は高台にあって、念のためにさらに高くに生徒たちを全員避難させたんだって。中学校は結局2階まで津波に襲われちゃったけど、避難した生徒たちは全員無事だったんだって。


 お兄ちゃんは全員避難したのを確認してから、その日インフルエンザで休んでいた担任の子の家まで様子を見に行ったらしいの。道路は渋滞していたけど自転車通勤で使っていたクロスバイクなら大丈夫だって、学校に戻って様子を見に走りだして、その子と母親に避難しなさいって言い残して、そのまま行方不明になっちゃったみたいなの。


 律ちゃん、震災後、避難所になっているお兄さんの中学校に行ったんだって。そしたらね、その子やお兄ちゃんのクラス担任の子たちだけじゃなくて、その日に学校にいた生徒や先生が全員集まってくれたらしいの。


「香川先生、絶対に生きてる。私たちが大好きな香川先生が死んじゃう訳ない。あんなに元気でカッコ良かった香川先生が死んじゃう訳ない。私たち信じてるから」


 そうみんなが言ってくれたんだって。お兄ちゃんが最後に声をかけた子が、お兄ちゃんの最後の様子を伝えてくれたらしいの。そして香川先生が命の恩人だって。その子はごめんなさいごめんなさいって泣いていたらしいの。すごく責任を感じたらしくて。

 でも、律ちゃんは思ったんだって。きっとお兄ちゃんは、いつでもそうしたに違いないって。


 そこにいた全員が泣いていて、律ちゃんも一緒に泣いて、お兄ちゃんのためにこれだけの人が思ってくれているってことが救われたって言ってた。みんながどんなに信じていてくれてもほんとは可能性が少ないのは分かってるけど、もし、お兄ちゃんが死んじゃったとしても、その人生は無駄じゃなかったって言ってあげられるってことが嬉しかったって。その頃は、つらすぎて何がつらいか分からなくなっちゃってたらしいけど、それでも人の優しさが身にしみたって。


 律ちゃんの自宅は壊れてなかったけど水道も電気もガスも復旧してなくて、現金があっても水も食べ物も避難所でしか手に入らなかったから、避難所で生活するしかなかったみたいなのね。そりゃそうよ、家族が行方不明で水や食べ物さえ確保できなくて、電気もガスもない真っ暗な家で過ごすのは女の子1人じゃムリよね。


 そのあとは避難所や安置所でお父さんお母さんお兄ちゃんをしばらく探してたみたい。

 詳しくは律ちゃんは話さなかったけど、そのつらさは想像できない。考えてみて。お父さんとお母さんとお兄さんが行方不明で、もしかしたらどこかに避難してるか病院に運ばれているかもしれないけど、その可能性はどんどん減っていくの。


 考えたくないけど、どこかの安置所の亡くなった方の中にお父さんやお母さんお兄さんがいるかもしれない。でも、それを探し続けるなんて女の子がひとりで耐えられることじゃないわ。


 遺体の確認作業って遺族にとってどれだけ残酷なことなのかは私には分からない。あの子は、無念さを背負った何人もの何十人もの何百人もの遺体を見てきたのよ。


 そして、遺体が見つからなければ、もしかしたらケガして入院しているかもって可能性に、ほんのちょっとの望みをかける状況なの。女の子が1人だけ生き残って、両親とお兄ちゃんを探して安置所や病院を回るって、そんなのどう考えても理不尽でしょ。私には想像できない。


 私だったら何もできない。なんでなのって、思うでしょ。

 ほんとになんでなんだろう。今でも、家族が見つかったって連絡を、律ちゃんはずっと待ってるの。


 例え、大学に受かっていたからって、あの状況で4月からちゃんと大学に通うことのできる女の子はいないわ。普通だったら、何もできないと思う。私には前に進むことなんてとてもできない。律ちゃんは、かわいいらしいけど、そのかわいらしさからは信じられないくらい強いの。そして勇気もあるの。


 きっと律ちゃんにとってこの先もつらいこともたくさんあると思うの。律ちゃんの性格だと、わがままな性格なら我慢しなくて良いことも、ガマンしちゃうと思う。律ちゃんには、この先できるだけ我慢しないで欲しい。そして無理に頑張ろうと思わなくても素直に前を向けるようになってほしいの。


 海で遊んだ1日のことだけど。私も楽しかった。あの日、律ちゃんを無理やり海に連れ出して良かったわ。律ちゃんね、海が好きらしいのね、今年の夏に泳げたら良いなあって言ってたの。でも、津波で家族が亡くなった訳でしょう?


 海に抵抗がないはずがないの。海に行きたいって口に出していてもなかなか行けそうになかったのね。でも、あの日はね、朝起きて空を見たらなんだか良い予感がしたの。だから無理やり連れ出したの。ほんと良かったわ。律ちゃんがあんなに笑ったのは私も初めて見たのよ。


 私は、律ちゃんが好きよ。すごく素敵な女の子。だから律ちゃんに元気になって欲しい。だけど、律ちゃんのつらさは4月から一緒の私でさえ、元気出してとか頑張ってとか軽々しく言える状況じゃない。頑張り過ぎくらいに頑張ってるのに、これ以上、頑張れなんて言えない。


 まだ心の底からの笑顔になれてないけど、きっとその日は来ると思うのね。律ちゃんがほんとに心おきなく太陽みたいに明るく笑えたら、すごく可愛いと思うでしょ?

 まだ自分が笑うことにさえ罪悪感があるのかもしれない。そればかりは他人が気にするなとか元気出せとかどうこう言えない。どれだけ励ましの言葉があっても、時間が経たないと癒えないショックってあると思う。


 なんだか書いていて自分も泣けてきたけど。律ちゃんはもっと辛いんだよね。

 取りとめのないメールでごめんなさい。ずいぶん長いメールになっちゃったわね。


 でもね、輪太郎君とムサシ君と一緒だったら、律ちゃんも変われるかもしれない。輪太郎君が律ちゃんを好きだとかふざけたことを言ったら、今までみたいに私が律ちゃんをバカな男から守ってやろうとか思うと思うけど。


 もしもの話だけど。ムサシ君だったら良いです。1度しか会ってないけど、ムサシ君なら安心な気がします。でもムサシ君だけだと優しすぎて律ちゃんのことを気にし過ぎちゃいそうな気がします。それはそれでもどかしいから、輪太郎君もいれば役に立つと思います。


 また遊びましょう」


 想像もつかなかった。想像はつかなかったけど、メールを読み終わって涙が止まらなくなった。香川さんのちょっと切ない笑顔とスバルのワゴン車を思い出して、さらに泣けてきた。

 身近な人がなくなるということは、僕には想像さえできない。例えば、我が家のじいちゃんばあちゃんや母親が急に事故で亡くなったら、どれだけのショックだろう。


第7話に続く


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