第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第58話
第58話【宮本 健】
輪太郎に単純自転車馬鹿と言われるとは心外だ。どっちもどっちだぜ。
「ほら輪太郎、行くぞ」
「そんなら俺も遠慮なく行かせてもらぜ」
2人で走ると、ほんとんど休憩区間がない。輪太郎は「つなぎ」みたいな区間でもペースを落とさない。これが530朝練のオジサン達とかだと、登りと登りの間の「つなぎ」みたいな区間は割と平和なんだけど。
「おい、輪太郎、速いぞ、休憩させろ」
「ばかやろう。遠慮なく行かせてもらうって言っただろう? チャレンジレースみたいな短距離のレースだったら、先頭走ってたら休憩なんてあるもんか。たった24kmだぞ」
確かにそうだけど、それは今日だけじゃない。毎回毎回、僕にもその反応を求めてくるのは、僕を買いかぶり過ぎやしないかとも思う。登りで追いついてから聞いてみた。
「輪太郎ってさ、なんで僕なんかと朝練するわけ? 部の連中とかもっと速い連中がいるだろう」
「お前バカだな。アタマ良いのにバカなんだよ。まあいいや、今日の夕方でも夜でもいいけどさ、時間あるか。そしたらこの前の献血の結果通知もってこい。届いてるだろ。占いしてやるよ。そしたらマックで飯でもご馳走するよ。占い付きでご馳走してやるんだぞ、絶対に来いよ」
「なんだ、そりゃ」
「楽しみはな、あとであとで」
輪太郎がよく分からないことを言いながら加速していく。シッティングの登坂の見本みたいなペダリングで登っていく。スムーズに軽そうに走っているので、一見速そうじゃないけど、実はうんと速い。なんでシッティングであんなスピードで登れるんだ? 僕はダンシングで加速しないと追いつけない。
僕としては古賀志林道の登りくらいならダンシングで加速してそのまま登り切れるようにしたい。
1周目ならダンシングでクリアできる。問題は勝負のかかる2周目だ。中間地点でちょっと斜度が緩む。
いったん、輪太郎の後ろについて息を整える。そのあとまたダンシングに切り替えて加速する。そのまま加速してかわすつもりだったけど、追いつきそうになると輪太郎が加速して逃げて行く。
「なんだよ、後ろに目がついてるのかよ」
振り返りながら輪太郎が言う。
「誰だって分かるさ。ムサシはさ、いつも息が荒いんだよ。ゼーハーゼーハーって。知り合いなら、登りだったらムサシが追いついてくる気配は絶対に分かる」
確かにな、僕はゼーハーしながら追いついた。
「それって、レースで不利かな」
「そんなの気にしてペースが落ちるくらいなら、ゼーハーゼーハーして先頭で登りゃいいんだろう。先頭で通過しろよ、先頭で」
「輪太郎、たまにはいいこと言うな」
第58話に続く




