第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第57話
第57話【宮本 健】
昨日は律ちゃんのお父さんのノートやSNSを眺めていて、僕はほとんど眠れなかった。レース当日まであと一週間もないのに、こんな風に徹夜をしてみたり、そのあと完全に寝不足な状態で朝練で走ってもどうなのかと思う。でも昨日はあのノートを読まずにいられなかったし、間違いなく寝不足なんだけど、今朝はなんとしてもC50で走りたい。
ノートの事はレースが終わったら律ちゃんにも伝えよう。
僕は走れる。律ちゃんのお父さんやお兄さんは走れない。走れるなら全力で走る。
4時に輪太郎を起こして、ほら朝練だぞと追い出した。ブツクサ言いながら起きだして朝練の準備をしに自宅に帰る輪太郎もすごいよな。勝利さんには声をかけたけど、案の定、反応がないのでそのままにしておいた。
5時30分にセブンについてしばらくすると輪太郎が到着した。
「おう。C50で古賀志林道を走る訳ね。どんだけ違うか聞かせろよ」
「今朝は寝不足でさ。とりあえず大回り1周で勘弁してくれ」
「なんだよ寝不足って。変な妄想してたんじゃないの。1周なら全開で行くぞ」
輪太郎と走るときはいつでも全開だって。
スタートしてセブンからちょっとの登りをダンシングでこなす。反応が良い。パワーが無駄にならない。ダイレクトに加速していくのが気持ち良い。
「なんだなんだ、いきなり飛ばしてるな。寝不足なんていうのは嘘じゃないの」
「ほんと寝不足なんだよ。昨日はほとんど寝てないんだって。調子が良いのかバイクが良いのか、どっちかというとバイクの性能だな」
2人でローテーションして走るけど、相変わらず輪太郎とのローテーションはチギリあい一歩手前だ。全くお互い大人気ない。子供の自転車競争だ。いいペースのまま、鶴カントリーの登りに向かう。距離は短いけど斜度があるので一気に差がつくポイントだ。今日は大回り1周と決めている。最初からダンシングで加速する。
「マジかよ。調子乗りすぎ! 寝てないで何してたんだよ」
輪太郎が後ろから声をかけてくる。
「軽いよ。バイクが」
例え自転車が軽くても反応が良くても、登りを全力で登れば、辛いものは辛い。でも辛さの中でもバイクの軽さや反応の良さが実感できる。楽しい。苦しいけど楽しい。そこからまた思い切り踏み倒す。ペースが上がる。まだいける。いつもよりペースが上がっているのが分かる。
鶴の登りを取った。
「おいおい、なんだ、恋愛効果か、昨日の夜、やっぱり何か夜中に良いことあったか」
「ああ、いいことあったよ。だけど教えてやんない」
「なんだよ、珍しいな、思わせぶりなこと言いやがって」
昨日の夜に律ちゃんのお父さんのノートやSNSの内容に触れることができたのは、間違いなく「良いこと」だ。僕はあのノートやSNSに残された律ちゃんのお父さんの意思を載せて走る。このバイクと一緒に、だ。
「全く、単純自転車馬鹿にはメカニカルドーピングの効果は大きいな。これじゃ古賀志林道の登りも思いやられるな」
第58話に続く




