第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第54話
第54話【宮本 健】
初対面の勝利さんと輪太郎は、僕をそっちのけで意気投合していた。
2人の考え方はちょっと似てる。努力しない奴は文句を言う資格がないとか、世間の奴らは権利ばかり主張して文句ばかりで義務を果たさないとか、夢を語る前にまずは自分で動けとか、小学校の徒競走で順位がつかないのはおかしいとか、小学生の通信簿に1とか5がないのはおかしいとか。なんていうか2人とも「強者生存論者」なのだ。「みんな一緒」とかが嫌いなのだ。
「もう税務署なんてな、お役所の典型でさ、前例踏襲とかばっかりでさ。ガチガチで窒息しちゃいそうだったぜ」
そういう勝利さんが、そもそも税務署という職業を選んだのが僕としては不思議だ。確かに勝利さんは役所には合わないキャラクターだよな。辞めて税理士になっても、こんな税理士っているのかと思うときもあるけど。
「大体さあ、同級生でもいるんですよ、「オレって、将来は何がやりたいのか分からない」とか言って、何もしない奴。そういう奴は自衛隊にでも入隊させて精神論から叩き込んで問答無用で訓練させてやれば良いんですよ」
輪太郎はそう言うけど、そりゃ、自分で競輪を巨人の星なみに叩き込まれていた反動じゃないのとか思ったりする。自由な境遇に嫉妬してるんじゃないの。
「いるいる、そう言うの。俺が学生の頃もさ、いや随分と昔話だな。どこの大学にもさ、「俺は音楽で食べて行く」とかさ「絵描きになる」みたいなのが居る訳。そういう奴らって夢を語るのは良いんだけどさ、結局モノになるのなんて、ものすごく確率が低い訳だろ。ダメだったらさ、その結果は結果でさ、挫折しても世間と折り合いつけて現実に生きて行ければ良いんだよ。
ところが中にはいるんだよ。「世間が俺を認めてくれなかった」って、世の中に責任を押し付けちゃうのが。そういうのって一番タチが悪い。アタマはちょっと良いから理屈が立つくせに、現状の自分の責任を認めないの。最悪」
「分かります。そういうの。ほんとは自分の責任なのに、周りのせいにして何も行動しない奴。見ていてイライラします」
「いいこと言うね、輪太郎君、こんな若者がいるなら日本は安泰だ」
「大体、人間は平等なんて嘘っぱちなんだと思うんですよ。努力する奴は偉い。結果出してる奴は偉い。偉い奴は偉い。ほんとのことを言えば良いんですよ」
「その通りだ。全くその通り。機会の平等が大事なんであって、結果の平等なんてクソくらえだ」
勝利さんはどんどんお酒が回ってブレーキが効かなくなってきそう。今日は僕に絡んでくるかと思ったら、意外にも思考回路が一緒の輪太郎と意気投合してる。更に輪太郎が加速させるようなことを言うもんだから始末に負えない。2人は固く握手を交わしている。まあ、こうやって騒いでいる分には害もないし、当人たちは分かり合えて意気投合して気分良さそうだから、まあ良いか。
律ちゃんと晴ちゃん達も盛り上がっている。しかし、勝利さんがますますヒートアップしていくのを横目に見ていた恵子さんが「いい加減にしなさい」と勝利さんをたしなめていた。今日は律ちゃんも晴ちゃんも、勝利さんも恵子さんも輪太郎も泊まっていく。賑やかな夜になった。
僕らは用意されたたっぷりの野菜と勝利さんからの高級な牛肉を満足するまで食べ、恵子さんが持ってきてくれた花火をした。花火なんて何年ぶりだろう。
手持ち花火を持って夜空の下でハシャぐ律ちゃんはとても素敵でいつも以上にかわいかった。
そのあと一緒に並んで線香花火をやりながらどうにもこうにも切なくなってしまった。こんなに幸せで良いんだろうか。
秋の夜空は澄んでいて、いつも以上に星がきれいに見えた。
第55話に続く




