第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第52話
第52話【宮本 健】
「あなた達、自転車を前にしてるとほんと子供みたい」
晴ちゃんが僕らを呼びに来た。
「こんな贅沢なオモチャを前にして童心に帰らない訳ないだろ」
「ていうか、輪太郎はいつも子供みたいじゃないの」
晴ちゃんが切り返す。
「そうそう、今日、ムサシ君ちに私と律ちゃん、泊まっていくことになったわ。お邪魔するね。ちょうど今日はお店の手伝いもなかったし」
「へ?」
晴ちゃんのびっくりな一言に、僕はなんとも間抜けな声と顔で返事をしてしまった。聞けば、おじいちゃんおばあちゃんに母までが「遠くから運転してきてここから茨城まで帰るのは大変だろう」とやたらめったら説得したらしい。それで、ウチから晴ちゃんちに電話して先に外堀を埋めちゃったらしい。
確かに明日は体育の日で休日だ。僕はどう振舞って良いか分からなかったけど、この予想外の展開はすごく嬉しかった。そして輪太郎は嬉しさを隠さずハシャいでいる。
「当然、俺も泊まっていいんだよな。寝袋でもなんでも良いからさ。泊まらせろ」
「うるさい。輪太郎は呼んでないよ」
「おいおい。俺がいないと場が持たないときだってあるくせに」
痛いところを突かれて答えに窮してしまった。確かに輪太郎に帰られてしまったら僕が困る。肝心の晴ちゃんは済ました顔をしていた。
その日の夜はバーベキューをすることになった。じいちゃんとばあちゃんは張り切って畑でキュウリやらナスやらカボチャやらオクラやらピーマンやらをもぎってきた。
そのうち、勝利さんと恵子さんも来た。聞いてないよ。
「なんで今日は来たの?」
失礼かなと思いつつ、こういう浮いた話はすごく好きそうで、お酒飲んだら絶対にしつこく絡んでくるであろう勝利さんに聞いてみた。
「あ、お姉さんがさ、今日はムサシ君との彼女とその友達も来ていて、すごく可愛い子たちで今日は泊まるからって。今夜はバーベキューやるので来ないかと。そりゃもう普通に自然に誘われた訳。何も不自然なことはないだろ」
「何それ、あなたは甥っ子の彼女とその友達の子が可愛いって聞いたから来た訳?」
恵子さんの声が険しくなった。勝利さんは慌てて、いやいやそれは違う。バーベキューやるなら大勢の方が楽しいからって、そう言われたとかどうとかいろいろ弁解が始まった。
「いや、ほら、肉とか買ってきたらさ」
「あら、それじゃそれはあなたのお小遣いからね」
と恵子さんに言い渡されてガックリきていた。実はそういう恵子さんも律ちゃんと晴ちゃんが気になって仕方がない様子だ。
「ほんとに可愛いわ。2人にはもったいないんじゃないの」
だそうだ。確かに僕らには出来過ぎた彼女かもしれない。僕が謙遜して何か言おうかと思うと、輪太郎はいつもの調子で言い返す。
「そんなことないです。僕なんてインターハイ2連覇してるし、将来は競輪選手で大成するのは間違いないから、生涯賃金数億円いや十億円コース。言ってみれば晴美が俺を選んで正解ってことです」
輪太郎は相変わらずだった。
それからはm女性陣は、じいちゃんばあちゃんが採ってきた野菜や、勝利さん提供の肉の下ごしらえに取り掛かっていた。律ちゃんや晴ちゃんが一緒に手伝っているところが、なんだかすごく嬉しい。
僕らは、そろそろだと言うことでそわそわしながら炭を起こしたりテーブルをセッティングしたりした。
第53話に続く




