第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第49話
第49話【宮本 健】
律ちゃんから珍しく長文のメールがきた。
「今回、誘ってくれてほんとにありがとう。あの日、ムサシ君が応援してくれたから私は頑張れた。トライアスロンに向けて頑張れる自分が嬉しかったし、当日もダメだと思っていたのに頑張れた。そして、みんな応援していて元気が出てきた。あんなに夢中になれたのは、震災後初めてだったのよ。何かに夢中になるって、頑張れることに繋がるんだね。ほんとうにありがとう。
あのね、ムサシ君、ロードバイクのことなんだけど。この前、ムサシ君のロードバイクのサイズを聞いたのはね。実家にロードバイクがあるの。今のムサシ君の身長にちょうど合うくらいのが2~3台あるの。
お父さんとお兄ちゃんが乗っていたバイクなんだけど。2人とも、ムサシ君と身長は同じくらいだったからポジション調整すれば乗れると思う。もしムサシ君が良かったら、乗れれば乗ってもらえると嬉しいと思って。
うまく言えないけど。こういうことはムサシ君にとって重荷になるかもしれない。
でも、家にあっても私が乗れる訳じゃない。あのロードバイク達も、誰にも乗られないでいるよりも、思いっきり乗って欲しいと思ってると思う。お父さんやお兄ちゃんもそう思ってると思う。ローラー台もあるの。
レースに間に合うかな。
私、今度の週末に陸前高田に行くの。まだ片付けとかいろいろ残ってるし。晴ちゃんも手伝いに一緒に行ってくれる予定になってる。もし、ムサシ君さえその気持ちがあるならバイクを見てみる?
チャレンジレースは2週間後でしょう? サイズとかポジション調整とかもあるだろうから、レースに間に合うかどうかは時間的にギリギリなんだけど、どうかな?」
僕は、もちろん嬉しかったけど、緊張もした。
律ちゃんの父さんとお兄さんのロードバイクを、僕が乗る? いろいろ悩んでもほんとは結果は決まっている。いろいろ考えてるのは言い訳なんだ。
僕は母親に状況を話した。すぐにでも律ちゃんに「はい」と言いたかったけど、簡単にはいと言える話じゃない気がした。誰かに背中を押してもらいたかった。
「それ、あなた達が付き合ってたら良いけど、別れたらどうするの? お父さんとお兄さんの遺品になる訳でしょう?」
そのとおりだ。別れたから返すとは言えない。恋愛経験の浅い自分には、今は夢中になってる恋愛がこのさきどうなるかなんて、さっぱり分からない。
だから、このことはメールで確認しておいた。電話じゃ、緊張してうまく聞けそうになかった。想像したくないけど、もし別れたらどうするのって。その時、律ちゃんが僕にメールで返信してくれたのはこうこうことだった。
「私はムサシ君が好きだし、ムサシ君が私に好意を持ってくれてるのはすごく嬉しい。私もどきどきしてるの。ほんとはきちんとした恋愛というか、こう言うと変だね、子供じゃない恋愛って初めてなの。全然大人じゃいの。私も。
震災のあと、みんなが頑張ってと言ってくれて、それは嬉しかったんだけど、頑張らなくちゃと思っていても気持ちが切れちゃいそうだった。
それがこんな風に毎日を頑張れるようになるなんて、3カ月前には想像もつかなかったのよ。もっと言えば半年前の震災の日までは、まさかお父さんとお母さんとお兄さんが津波で行方不明になってしまうなんて想像もつかなかった。そのあと辛いこともあるけど、晴ちゃんと出会って元気をもらって、そのあとムサシ君と輪太郎君と出会って、トライアスロンで頑張れた。
楽しいと思えるようになる日がこんなに早く来るとは想像もつかなかったのよ。
たぶん、言えることは。先の事は考えても分からない。今出来ることは、前を向いて今を頑張って生きて行くことだと思うの。
少なくとも、私はもし別れる時が来ても、ムサシ君には感謝して別れたいの。だから、ロードバイクの事はこの先も気にしないで。ロードバイク達は走りたがってると思うし、お父さんとお兄ちゃんもきっと賛成してくれると思うから」
僕はそのメールに勇気をもらった。僕だって、この先どうなるかなんて分からない。
今は律ちゃんが好きだし、ちょっとでも力になりたい。そして僕は律ちゃんのおかげで頑張れる。僕は母親に今の気持ちを話した。
「どうなるかは僕らだって分からないけど。でも、それでも良いって言ってくれたんだ。それなら律ちゃんの気持ちに応えようと思ってる」
第50話に続く




