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第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第48話

第48話【宮本 健】


「輪太郎は、父親にコンプレックスがある訳? 強すぎる父親ってやつ。僕には分からないけど」

 僕は踏み込んで聞いた。輪太郎は神妙に話し出した。独白って感じで。


「オレさ、実はさ、父親と遊んだ記憶ないんだよ。全くないの。こういう話をするとムサシには悪いけどさ。週末に競輪開催してたら父親は週末には家にいないだろ。いたらいたで父親は早朝から街道練。帰ってきたらオレの特訓。特訓が怖くていない方が安心したくらいだ」


 輪太郎の話は続く。

「それって、いろいろコンプレックスでさ。だって、小さい頃から自転車ひと筋だぜ。

 例えば、だ。夏休みとか冬休みで家族で出かけたことを絵日記とかにする宿題あるだろ。俺、親父に遊びになんて連れてってもらってないからさ、何を書くか、いつも困るんだよ。

 小学校1年生の夏休みはさ、困ったから、海まで父親と自転車で行った話を書いたんだよね。片道100kmを夏に自転車漕いでさ。

 小学校1年生でだぞ、つれてく親が信じられねえ。ムサシ、だいたいあのコースだよ、今年の夏に海に行ったあのコース。今だったら虐待で問題になるんじゃないの? そしてさ、それ書いたら先生がウソだろってさ」


 僕らが夏に二人と出会ったときに海に向かったコースを、輪太郎は小学校1年生で通っていたとはね、そりゃすごい。さらにすごいのは父親。片道100km、しかも途中に峠があるコースを小学校1年生が真夏に走るのは、普通はムリだ。


「そんなんで、もう俺には自転車しかないわけ。よく言えば、武士の子供は武士になれとか商人は商人とか農民は農民ってことだけど、ただの強迫観念だよ。もう。

 今まで結果もついてきてるし、これから競輪でもやっていく自信もある。結局は自分で決めた道だ。俺としては競輪で生きるなら限界の瞬発力がもっと欲しいけど、今の脚質でも十分勝てると思う。でもなあ、強すぎるオヤジっていうのも問題だな。反抗しようがねえ。未だに勝てねえよ」


 僕の父親がいないコンプレックスと、強すぎる父親に反抗できないコンプレックスと、どっちがどうとも言えないけど、輪太郎が正直にそういう弱みを話すのは珍しい。輪太郎の思いつきに付き合ったみたいな献血だったけど、僕には良い時間を過ごせた。そう思う。


  第49話に続く


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