第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第47話
第47話【宮本 健】
「俺な、いろいろ調べてるんだよ。運動神経は遺伝するのかとか、スポーツ選手の子供はスポーツが得意かとか」
「輪太郎が遺伝とかDNAに拘るのって、そういうことが理由なの?」
「そういうことだ。自分の生まれてきた存在理由に関わるんだよ、アイディンティティっていうやつだ。大げさに言うと」
輪太郎が『アイディンティティ』とか存在理由とかまじめに言うのに驚いた。
そして、輪太郎自身が調べて、輪太郎なりに理解した結果について、人間の運動神経の遺伝について僕に説明してくれたのはこういうことだ。
・競走馬の世界では、遺伝の占める割合は圧倒的に大きい。
・競走馬に限らず、動物の世界では、遺伝の占める割合は大きい。
・人間であっても動物である以上、運動神経に遺伝の占める割合は大きいはずだ。
・しかし、人間には遺伝する運動神経の他に、成長するにしたがって獲得する後天的な才能も大きい。
そこには外的な要因がたくさんある。
・人間には意志もあり欲望もある。例え優秀な遺伝子を持っていても、競技に継続して立ち向かえる気持ちの強さを持っていないと意味がない。
・競技を続ける環境も影響する。一人の力でトップアスリートになるのは至難の業だ。
・そういう意味では人間に関しては運動神経の遺伝は絶対な要素ではない。
遺伝子に加えて更に意志の力や環境のフォローが必要になる。
・しかし、意志の力や環境に恵まれているなら、条件が一緒なら最終的にフィジカルの勝負になる。
そこに遺伝の力が関わってくる。
・その時、自分の遺伝子の差が、遺伝の力に感謝することになるか、自分の身体的限界や気持ちの限界で諦めることになるかの境目になる。
輪太郎はそんなことを考えて競技を続けてきたのか。そしてこれからも続けて行くのか。
確かに自分の体を資本にしてこれから生きて行くなら、努力だけでもダメだし身体能力に頼っていただけでもダメだろう。それぞれを最高のレベルに持っていかなくてはトップになれないし、トップを維持できないのだろう。
しかしだ。もし、輪太郎は自分の身体的な限界を感じてしまったらどうするのかな。僕はそんなことも思ったけど、別の事を聞いていた。
「それじゃあ、輪太郎は晴ちゃんと結婚して子供を競輪選手にしたい訳?」
「そりゃあ面白いな。でも、どっちかって言ったら俺以上にロードレースに向いてる脚質になりそうだな。うん。というか、そんなのは先の話だ。晴美のことは真剣に好きだけど、先のことなんて全く分からない。口ではでかい事言ってけどさ。
だって、考えてみろ、今から3ヶ月前に今の状況なんて想像がついたか? あと何年か先の事なんて分りゃしない。前にも言ったろ。恋愛は相手があるから恋愛になるんだって。自分の気持ちを伝えたらあとは謙虚になって努力し続けるしかないのよ」
僕は輪太郎の言い分を聞きながら、輪太郎らしいのか、らしくないのか分からくなっていた。そして、僕のDNAについて、考えてみた。僕の半分のDNA。父親のDNA。この頃、父親のことを考えるようになってきた。無理やり思考から追いやっていた以前に比べれば、考えること自体は健全なんだと思う。もうコンプレックスには感じない。
第48話に続く




