第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第46話
第46話【宮本 健】
「うちのオヤジってさ、結婚相手を決めるのにさ、運動神経を基準にしてたんだよ。信じられるか?」
僕は輪太郎の言った話の流れがうまく理解できなかった。
「つまりさ、俺はウマなんだよ、ウマ。分かる? オレって競走馬。オヤジはさ、息子に競輪選手にならせるつもりだったんだよ。生まれる前から。俺はつまり競輪選手になるために生まれてきた訳ね」
血統って言うこと?と聞くと、そうだと答えて輪太郎は続けた。
「自分の遺伝子だけじゃ物足りなくて、あと50%の母親の遺伝子も運動神経を重視したらしい。普通、結婚相手にそんなこと考えないだろ」
そういう輪太郎のお母さんは美人だと思う。輪太郎の父親が競輪で週末は不在がちなのに、しっかりしてると評判のお母さんだ。
「まあな、美人で性格良くて運動神経良かったら良いけどさ、それならブスで性格悪くても運動神経良けりゃあ、その相手と結婚したんかって言う話だよ」
「それって、照れ隠しなんじゃないの、オヤジさんの」
「それは、ない。ウチのオヤジに限って照れ隠しとか絶対にない。ホントに最後は運動神経を基準にしたのは間違いない。母親は800mの選手で県大会で優勝してインターハイまで行ったんだ。そしたらさ、どうやら俺の脚質が競輪選手として生粋のスプリンターじゃないと知ってから、結婚するならやっぱり100mで強い女が良かったかとか言ったらしい。普通そんなこと言うか」
確かに。それは普通じゃないな。
「それに。妹が生まれたときも、弟じゃなくてかなり残念がったらしいからな。あきらめ切れなくて女子競輪させよとか言ってたらしい。まだあきらめてないのもしれないな。」
「まさか、そりゃないだろ」
「いや、ウチの親父なら言い出しかねない。まあ本人の意思がその気じゃないから無理やりってのは流石にないだろ」
輪太郎の妹は中学3年生で、母親に似て美人だ。輪太郎じゃなくても父親に似なくて良かったと思う。 なんでも女子サッカーでは中学生にして県内では有名な選手らしい。なんでも小学生の頃は男子に混ざって少年団でFWでエースストライカーだったとのこと。そりゃ運動神経は筋金入りの系統だもんね、別に競輪選手にならなくても才能はいろいろと発揮できる。
輪太郎の妹は、かわいくて運動神経良くて、きっと学校でもスーパーもてると思うけど、同年代の男子にはハードルが高すぎるな。自分の中学生時代を振り返ってそう思う。
「でさ、それがなんで晴ちゃんとの話になるんだよ」
「俺もビックリしたさ。あの海辺でな、晴美を見て衝撃だったよ。惚れたんだ。運動神経を基準で惚れたかと思うと、自分のDNAにびっくりだよ」
「まさか、関係ないだろ、晴ちゃんはそりゃあ運動神経良いけど、どっちかと言ったら容姿で惚れるというか」
「晴美はスタイル良いし、きれいと言うか美人というか、最高だ。性格もちょっと勝気なところが可愛いし。それでもやっぱりあの身のこなしに惚れたんだ。オヤジに反発した時期もあったけどな、結局、オレはオヤジの息子なんだよな。びっくりだよ」
輪太郎の中にはきっと父親の存在との葛藤があるんだろう。父親を知らない僕には、父親の存在との葛藤とか、分からない。
輪太郎にとっては、あの晴ちゃんの海辺のしなやかな身のこなしをみて晴ちゃんが絶対的な存在になってしまったらしかった。それからも輪太郎とグダグダしながら、血液センターがエアコン完備でジュース飲み放題なのを良い事にいろいろ話をした。
第47話に続く。




