第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第44話
第44話【宮本 健】
結局、僕らのトライアスロンの祝勝会は延期になった。チャレンジレースまでのトレーニングのことを考えると、幸寿司での祝勝会は日程的に厳しかった。今の時期の週末はレースを想定した練習ができる最後のチャンスなんだ。レースまでのトレーニング期間は限られている。残念だけど仕方がない。
延期しようと言いだしたのは輪太郎だった。祝勝会を一番やりたかったのは輪太郎のはずだ。それでも輪太郎はレースの調整のために延期しようと言い出した。改めて本気で勝つつもりなんだなと思う。僕達は、「チャレンジレースの祝勝会とまとめてやろう」と言い合っていた。
祝勝会をする予定だったレース2週間前の日曜日は、輪太郎とチャレンジレースをイメージしながら、距離短め、強度強め、の練習になった。当日のレースでの展開を想定して走って、相変わらずクタクタになって、セブンイレブンで僕らはアイスを食べながら休憩した。
自転車で汗をかいたあとのガリガリ君は最高にうまい。ガリガリ君をかじりながら輪太郎は何か思いついたようだ。
「ムサシ、献血ってやったことあるか?」
僕は献血はしたことがなかった。血を抜かれるのって、なんとなく不安で。
「夕方、夕練サボって献血しようぜ。俺もやる。今朝は追い込んだから、レース前にあまり無理しすぎてもしょうがないしな。レースまで2週間ある。18歳過ぎてりゃ成分献血できるから、レースに影響ないだろ。健康診断みたいなもんだ」
僕は18歳になってるし、それなら成分献血もできるらしいけど。いったい何を言い出すのかと思った。結局、僕は学校が終わってから輪太郎と待ち合わせして献血センターで献血をしていた。
受付の後の検査で「何かスポーツやってますか?」と聞かれたので「自転車です」と言うと、「心拍数が持久系って感じですね」と言われた。確かに僕の平常時心拍は低めだけど、平常時の心拍が低いからスタミナがある訳じゃないとは思う。
次に献血前の成分検査で「良い血ですね」と言われた。何が良いのかよく分からないけど、僕の血は良い血らしい。他人の役にも立てるかな?なんて思ったりもした。
採血が始まるまでは緊張したけど、採血中はなかなか具合の良い採血用のベッドと快適な空調のおかげで僕は逆にリラックスしてしまった。いろいろな思いが頭をめぐる。
僕は父親がいないことをずっとコンプレックスにしていた。それをコンプレックスだと思われないように頑張っていた。「いない」だけじゃない。「自分の父親が誰かが分からない」ということは、僕自身をものすごく不安定にしていたんだと思う。それを剣道で中学まではカバーしてた。
そして、自転車で。
第45話に続く




