第3章 2011年10月 何のために走るのか。なぜ走るのか。第41話
第41話【宮本 健】
「なんで春夏秋冬、真冬なんか真っ暗闇の中で氷点下でも5時30分集合なのかな? ボトルは凍結するしつま先や指先はチギれそうになるし」
世間的には至極当たり前の疑問を田代さんが投げかけた。僕には通学前の朝練だとしたら平日は時間的に5時30分はあたり前なので、夏でも冬でも疑問に思ったことはなかったけど、世間的にはそうじゃない。田代さんも、ああ見えて冬は苦手なのかな?
「5時30分だとありがたいんだよ。家族持ちにはさ。家に帰っても9時前だろ、そこから家族と出掛けるのに間に合うから」
「それにさ、6時スタートだったらなんか普通だろ。5時30分だとプレミア感ある」
「いや、そんなプレミア感、ないない。まったくないって」
「いやいや。あるって。朝5時30分にセブンにいただけで勝ち組だって」
「ウチは子供が小学校の野球部でさ、審判の手伝いとかあると、普通のショップの朝練じゃ間に合わないんだよな。6時でもギリギリ。5時30分スタートだと助かる」
「でもさ、朝練で走ると、俺なんてそれだけで満足しちゃって、1日のノルマ達成した気分になっちゃうよ」
「分かるな~。それ。でもって、午後になって疲れて昼寝とかしてウダウダしてると嫁さんには『好きなことしてきて何してんのよ』って怒られる」
「確かにな、誰にも強制されてないからな。朝練のあとに家族でどこかに出かけると、帰りの運転がツライツライ」。
「季節で言えばさ。真冬の氷点下は、プレミア感高いね。アレは勝ち組だぜ」
「そうそう、ボトルが凍るのな。氷点下4度はイケるけど、氷点下5度以下はツライ」
「ボトルが凍るのは分かるけどさ、ウェアの下にかいた汗まで凍結するんだぜ」
「一人で走ってたらさ、峠でパンクとかで走れなくなったら下手したら凍死するかもな」
「確かにツライ。でも寝坊で走れないよりマシだ」
確かにそのとおりと周りからも声があがる。
このオジサン達はかなり熱い。熱すぎる。
僕もその一員なのがちょっと嬉しかった。僕は気になっていたことを聞いてみた。
「あの。朝練の530ジャージって、誰がデザインしたんですか。ナイスなデザインですよね。僕も欲しくて。どうやってオーダーするんですか?」
530朝練のジャージは、なかなか凝っている。シンプルだけど味がある。最初にオーダーの話があったとき、僕はお小遣いが足りなくて買えなかった。今年のチャレンジレースは530ジャージで走ってみたい。お小遣いはたまったけどオーダーが間に合うかな。
「あれさ、荒井さんがデザインしたの。荒井さん、追加のオーダーっていつ? ムサシがジャージ欲しいってよ」
誰かが言うと荒井さんが教えてくれた。
「10人まとまらないと割高になっちゃうんだよな。あと3~4人くらい集まらないと」
「チャレンジレースで530ジャージで走りたかったんですけど、無理そうですね」
僕はチャレンジレースで530ジャージで走りたかった。もしかしたら間に合うかもと思ったけど、ちょっと残念だ。
「そういうことか。ムサシだったら入賞候補だろ、どうせなら表彰台もイケるかもな。530朝練のPRにもなるからな、在庫見込んでオーダーかけちゃうか」
そんなことで、納期もギリギリ間に合いそうだと言うことで、荒井さんが在庫分を見込んでオーダーしてくれることになった。これで僕も530ジャージでチャレンジレースに出られる。チームジャージとかユニフォームとかって、特別な力があると思う。この前のトライアスロンのタスキを見て思ったんだ。僕はそれにあやかりたい。
トイレから戻ってもオジサン達はお開きになるどころか、まだまだ盛り上がり中だった。
「あのさ、クルマで帰る人は、ちゃんと飲酒運転禁止ね。代行呼んでよ」
「明日の朝でもアルコール出ちゃうんじゃないの?」
「みんなだいぶ飲んでるから明日の朝でもクルマ通勤ヤバいかもね」
「オレ大丈夫、今夜も明日の朝も自転車だから」
「ダメだろ、自転車でも酒気帯びだろ。タクシーで帰れタクシーで」
「そういや、この前、飲み会の次の日にさ、自転車通勤して、いつものつもりで走っていたら、気分悪くなってさ、オエ~って来て、信号待ちしている間に逆噴射しちゃったよ」
「え、何それ、柳田大橋の手前のローソンの信号のあたり?」
「そうだよ、よく知ってるな」
「オレ、それ自転車で信号待ちで止まって、気がついたら足元に正体不明の液状化物質があってさ、まさかと思うけど、ソレか」
「それだよそれ、ソレきっと俺の」
「踏んづけちゃってるよ! やめてくれ」
「やめてくれって言ってもなあ、もう過ぎてるし」
オジサン達の飲み会はとことん面白い。僕は飲んでいないのと、一次会が終わったのが11時近くだったので、僕は帰ったけど。オジサン達は次の店に行くとか言ってる。この状態でよく明日の朝に仕事に行ってるよなあ。尊敬する。
第42話に続く




