challenging-現在進行形な僕らは 第2章 2011年9月 マロニエトライアスロン 第35話
第35話【宮本 健】
「ゴール! なんと、リレー部門の女子大生2人、高校生ひとりの『チーム幸寿司』が、全日本トップレベルの招待選手の熊本選手を抑えて、なんと総合優勝。差はわずかに1~2m。大接戦でした!」
勝った。僕らは勝った。1位だった。晴ちゃんはゴールテープを走り抜けてタスキを両手で広げて、その先で待っている輪太郎に飛び込んだ。輪太郎は当然とばかりにタスキを受け取りながら晴ちゃんを抱きしめていた。
しばらくして律ちゃんが来た。
「勝ったのね。私たち」
「そう、1位になっちゃった」
晴ちゃんに肩を貸しながら輪太郎が2人で歩いてきた。僕は隣の律ちゃんの肩にそっと手をまわした。2人で、輪太郎と福井さんが歩いてくるのを待っていた。
ゴール後、晴ちゃんの消耗はかなりひどかったけど、律ちゃんがしばらく付き添っているうちに落ち着いた。今は2人は着替えに行って、僕と輪太郎の2人は芝生広場わきのテーブルでスポーツドリンクを飲みながら余韻に浸っていた。
「なんだか不思議な感じ。インターハイの優勝とかよりもどの勝利よりも今日の方が嬉しいなんてさ」
輪太郎は今までも、たくさnたくさん勝利を経験してるけど、今日の勝利が一番嬉しかったと言う。
「ムサシの思いつきにしては今回は良かったな。ナイスアシストだ。エースが役割を果たして、これで俺達はめでたく正式にお付き合いすることになれたし」
すぐに上から目線のいつもの輪太郎に戻っているのがおかしかった。全くこいつの能天気さと強気さは僕のグジグジした気持なんかを超越してるな。
僕にも今までにない充足感があったけど、自分自身が舞台に立っていなかったという気持ちが小さいトゲのように引っ掛かっていたのは、今は封印しておく。女子2人が着替えから戻ってきた。福井さんもだいぶ復活したようだ。
「お待たせ」
晴ちゃんは笑顔だった。ひまわりのような笑顔。
「最高」
律ちゃんも笑顔だった。今日の律ちゃんは、以前のような控え目な笑顔じゃなくて、満開の笑顔だ。律ちゃんの笑顔が最高だ。
「晴美が劇的なゴールシーンを演出するもんだから、観客は盛り上がったぞ。俺達はヒヤヒヤだったけどな」
輪太郎が相変わらずの軽口をたたく。
「何言ってんのよ。ブッチ切るとか言っちゃってたのに、約束のタイム差を稼げなかったのは輪太郎でしょ」
晴ちゃんもいつものように言い返せる元気が戻ったようだ。ゴール後の消耗はほんとにみている方が辛いくらいで立ち上がれない状態だった。
「そうだな、晴美のおっぱいがもうちょっと大きかったら、楽勝でゴールのテープを切れたのは間違いないな」
ここでそう言うか。聞いている方がヒヤヒヤしちゃうことも平気で言ってしまう輪太郎の神経が僕は理解不能だ。おもむろに晴ちゃんがペットボトルで輪太郎の後頭部をベコッとひっぱたいた。
「全く、どういう神経してんだか。走っているところをカッコ良かったと一瞬でも思ったのは私の勘違いかな。考え直そうかな」
「たぶん勘違いだと思う」
僕は同意した。
「うるせえ、早くソフトクリーム買ってこい」
そういうことは輪太郎はほんとよく覚えてるな、そうだな、ソフトクリーム食べたいな。今はキッズのトライアスロンレースが行われていて、表彰式はそのあとだった。ソフトクリーム食べて、ひと休みしてちょうど良い時間だな。僕が席を立つと、律ちゃんもついてきてくれた。
僕は「休んでいなよひとりで大丈夫だよ」と言うと輪太郎から「そういうところがお前はバカなんだよ」と言われた。
いま、僕は律ちゃんと並んで歩いている。それだけでどきどきする。
僕は今日のレースで、特に律ちゃんの泳ぎにどれだけ感動したかを言うと、律ちゃんも同じように今日はほんとに私も元気をもらったわと言ってくれた。
そんな話をしているうちに売り場についてしまった。
大事なことを言わなくては。ソフトクリームを4つ買って戻りながら、言おうと思っていたことをようやく切り出した。
「ねえ、律ちゃん、言おうと思っていたことがあるんだ」
第36話に続く




