challenging-現在進行形な僕らは 第2章 2011年9月 マロニエトライアスロン 第34話
第34話【宮本 健】
「すごいな、あの選手。ペースアップしてるよ」
僕は不安になった。ここまで来たら、福井さんにトップでゴールさせてやりたい。
「やっぱり輪太郎がゴールで待ってないとダメだな」
僕は輪太郎に言うと、輪太郎にしては珍しく神妙にうなずいた。僕と律ちゃんはラスト500m地点に向かい、輪太郎はゴール地点に向かった。
「大丈夫かな」
不安そうに聞いてくる律ちゃんに僕は正直に答える。
「今のままのペースだと厳しいかもしれない」
相手が強すぎるのだ。
過去の大会なら僕らのチームのペースなら圧勝だった。事実、今回は1位と2位争いがダントツだ。律ちゃんの不安そうな顔が辛くて僕は希望的観測を述べた。
「でも、ここまで来たら、トップのままゴールしたいよね。晴ちゃんは1500mが専門だったからトライアスロンの選手より全然スピードはあるから、ラストスパートできれば大丈夫だよ」
実際にはスピードがあろうがなかろうが、それを生かせるスタミナが残っていなければ意味がないのは分かっている。それでも大丈夫だ。絶対大丈夫だ。そう思いたい。
「来た!頑張れ!」
僕は手を振った。後ろには2位の選手が迫ってきている。今日はどれだけ手を振って、どれだけ叫んで応援しただろう。
「ラスト500!輪太郎がゴールで待ってるから!」
一瞬、僕を確認してあれっと思った表情をしてから、晴ちゃんは僕の言ったことが分かったようだった。僕の言葉を理解して視線に力が宿ったのが分かった。
「晴ちゃん、ラスト頑張って」
律ちゃんも必死で応援した。通過するときには晴ちゃんは僕らに笑顔を返す余裕はもうなかったけど、顎が上がってあえぎかけていたのに、今はしっかりと視線が前方をとらえていた。僕らの応援のあと、ペースが上がったように見えた。ラストスパートだ。50m差くらいで2位の選手が通過した。このままだとゴールで接戦になる。逃げ切れるかな。
「ムサシ君、バイクで先に行ってゴールで応援してあげて。私は後で行くから」
でも律ちゃんをおいていく訳にいかないと思っていると
「頑張れっ!っていう応援で、ほんとうに頑張れるときがあるの。私は今日それで頑張れたの。お願い、先に行って応援してあげて」
僕は分かったと返事をしてバイクでゴールに急いだ。ゴール地点ではDJが
「まもなく1位と2位の選手がゴールします。接戦です。大接戦です」
とアナウンスしているのが聞こえる。
まだリードしてるか。大丈夫か。僕はゴール地点手前の芝生広場にバイクを投げ飛ばすように置いて、ゴール前の直線区間に慌てて向かう。福井さんが最後のコーナーを曲がってラストの直線に入ってくるところだった。
1位だ!
すると、その直後に、2位の選手がコーナーを曲がってきた。10mも差はない。追い上げられている。僕はまた叫んでいたけど、何を叫んでいたのかよく分からない。お願いだ逃げ切ってくれ。
周囲の声援もすごい。接戦になっているのに加えて、1位でリードしているのが女の子で、2位の選手が国内トップクラスのトライアスリートだと言うのが周囲の応援を熱くしていた。2位の選手には悪いけど、晴ちゃんを応援する声が圧倒的だった。DJが更に熱く実況する。
「最後の最後で大接戦!招待選手でオープン参加の全日本ランキング3位の熊本選手、まさかの2位!意地のラストスパートです」
「ラスト50m!差は5m!!」
第35話に続く




