challenging-現在進行形な僕らは 第2章 2011年9月 マロニエトライアスロン 第33話
第33話【宮本 健】
律ちゃんとのゴール後の時間は、過ぎてしまえばあっという間で。
僕の脳内はあのぬくもりをメモリーしようと必死に回転する。
いかにも平常心になったフリをして、僕は輪太郎を応援する。2周回目になって輪太郎は2位だった。輪太郎の走りは、鬼神のごとし、だった。圧倒的なスピード差で、2周回目になってから遅れてコースに出てくる他の選手をパイロンみたいに抜いていく。
それでもトップの選手はなかなか抜けなかった。ひとりだけオープン参加の招待選手がいたみたい。どうやら若手の全日本クラスのトップトライアスリートらしかった。その選手をも2周回目で抜いて先頭になった輪太郎は、なおペースを緩めずに爆走した。
輪太郎は文句なく強かった。カッコ良いな。晴ちゃんと律ちゃんの声援を受ける輪太郎に、ちょっとだけ嫉妬した。
輪太郎がトランジションエリアに戻ってきた。勢い余ってブレーキングでジャックナイフで転倒しそうになりつつトランジションエリアにバイクを停めて走り出す。バイク用のシューズで走ったら走りにくいのに、ほんとに必死で1秒でもタイムを削ると言う気迫が出ていた。
きっと晴ちゃんにも輪太郎の気迫は届いている。輪太郎は最後は脚が攣ったみたいで倒れて動けなくなって、やっとの様子で晴ちゃんにタスキを渡していた。タスキを受け取ると晴ちゃんは颯爽と駈け出していった。
輪太郎はというと、さっきまでの気迫は消えて、脚が攣ってしまったまましばらく悶絶してジタバタしていた。トランジションエリアの外から、それが可笑しくて僕は笑って見ていたけど、律ちゃんは心配そうになって聞いてきた。
「ねえ輪太郎君、大丈夫かな」
大丈夫も何も、こんなことでは輪太郎はへこたれないよ。大丈夫に決まってる。
「輪太郎! いつまで寝ころんでんだよ。晴ちゃんが周回してきちゃうぞ」
まだ立ち上がれないでいる輪太郎に言ってやると、なんとか立ちあがってバイクを押しながらトランジションエリアから出てきた。
「ひでえな、激走したエースに向かってそれかよ」
「輪太郎君、カッコ良かった。すごかったよ。私感激した。輪太郎君てすごいんだね」
「だから俺はすごいんだって。律ちゃんみたいなかわいい子にそんなこと言われちゃったら、俺も律ちゃんに惚れちゃうぞ」
よくそう言うことがこの場面で言えるね。そして輪太郎は満面の笑みになった。輪太郎は強面だけど、笑うとちょっと子供っぽくてかわいくなる。こういうのは女の子に受けるかもしれないな。案の定、そういうのに慣れていない律ちゃんは赤面している。
「輪太郎君、晴ちゃんに言っちゃうから」
照れ隠しに言い返した香川さんに、
「大丈夫、晴美にはさ、いつも誰よりも晴美に惚れてるって言い続けてるから心配ない」
また輪太郎は満面の笑みで切り返す。確かにね、晴ちゃんもこのしつこさとこの笑顔のギャップにはお手上げかもね。今日の輪太郎は笑顔が多なあ。一息ついているうちに、2位の選手がトランジションエリアから駆けだして行った。まだまだ足に力が残っている力強いフォームだった。タイム差を確認する。
「微妙だな。1分30秒か。追走が普通の選手なら安全圏だろうけど、相手が相手だからな。ここまで来たら、なんとか逃げ切って欲しいな。とはいっても晴美が無茶しなけりゃ良いけど。」
輪太郎にしてみたら弱気な口調で続けた。
「もうちょっと差をつけてやりたかったな」
しかし、その言葉さえ、舞台に立つことの出来た役者のセリフだ。僕は舞台にさえ立っていない。
「大丈夫、晴ちゃんは分かってるわよ。輪太郎君の走りをみて誰よりも感動してたのはきっと晴ちゃんだよ」
律ちゃんが言うとおりだ。晴ちゃんにしてみたら、自分の彼氏(まだ正式にはそうじゃないらしいが)が、自分のためにあれだけ必死に走ってくれたら感激しないはずはない。その時、僕は思った。ゴール地点で待っているのは、いちおう監督兼マネージャーの僕で、僕が最後にタスキを受け取るはずになっていたけど。晴ちゃんが最後に渡したいのは、輪太郎だと思う。輪太郎が待っていた方が思い切りゴールに飛び込めるはずだ。
「なあ、輪太郎、僕がラスト500あたりで最後の応援するからさ、輪太郎はゴールで待ってろよ。晴ちゃんからのタスキはお前が受け取れ」
「ムサシ、たまには粋なこと言うねえ。ちょっとは恋愛を学んだか。俺も気がつかなかったけどな、そういやそうだな、俺が待ってれば絵になるな」
晴ちゃんはほぼ想定したタイムで1周回を走ってきた。僕らの応援に笑顔で答える余裕がある。僕はタイム差を告げ、輪太郎は訳の分からない応援をしながら並走して晴ちゃんを見送った。そのあと45秒差くらいで2位の選手が通過していった。
第34話に続く




