challenging-現在進行形な僕らは 第2章 2011年9月 マロニエトライアスロン 第32話
第32話【宮本 健】
晴ちゃんが声をかけた後、僕は用意していたタオルを肩にかけてあげた。
僕は律ちゃんに、確か「感動した」というようなことを言った気がするけど、そのあとの記憶が定かでない。ふらついてしまった律ちゃんを抱きかかえるようにして支えたら、そのまま律ちゃんが僕に身を任せてきた。
僕は律ちゃんの両肩を抱きしめる形になってしまった。手もつないだことが無いのに、どうしたらいいのだろう。律ちゃんは泣いていた。感極まるっていうのはこのことなんだろう。きっといろいろな思いが湧きあがってきたんだ。
泣いている律ちゃんの腕の温もりを感じながら、僕はどうしていいか分からなかった。僕の脳内は最新型のCPU並みに高速回転したけど答えは出てこない。律ちゃんの体温を感じている僕の手のひらに全神経が集中している。
女の子って思ったよりもずっと華奢なんだな。律ちゃんはこんな華奢な体で3月に家族を失ってからひとりで頑張ってきたんだな。そして今日もこんなに頑張ったんだ。泣いている律ちゃんが最高に愛おしくて、思わず髪をなでたい気持ちになったけど、僕は右手を動かせなかった。
ほんのちょっとの間だったかもしれない。でもそのほんのちょっとが永遠に感じられた時間だった。このままずっとこうしていたかった。しかし永遠と言うのは無い訳で。
律ちゃんは身を離して我に返ったようで、「ごめんなさい」と言って肩をすぼめて恐縮し始めた。ごめんなさいと言われると僕は辛いんだけどと思っていたら、律ちゃんはそうじゃなくてありがとうということを言ってくれた。
僕はこの人が好きだ。
恋愛経験が少ない僕は、ただ容姿が可愛い子に惚れているだけで。
結局は高校生の血気盛んな男子だったら誰でも律ちゃんを前にしたら惚れるんじゃないかとか。
律ちゃんの状況を考えたら恋愛は重荷になっちゃうんじゃないかとか。
実は、いまだにそんなことを考えていた。
でも今はしっかり言える。この人が好きなんだ。理由はそれだけだ。きちんと自分の気持ちを伝えよう。そのあと僕は何か律ちゃんに声をかけた気がするけどあまり覚えていない。




