challenging-現在進行形な僕らは 第1章 2011年8月 海と出会いと悲しみと 第3話
第3話
何度も言うけど、2人はすごく素敵な女の子だった。福井さんはそこに立っているだけでグラビアになりそうなスタイルの良さ。おしゃれをして街の中ですれ違ったら、振り返る人もたくさんいるはずだ。
すらっとしたスタイルで小顔で手足が長い。不健康に細いんじゃなくてスポーツで鍛えたしなやかさだ。ショートカットでボーイッシュな感じで、性格もカラっとしている。目鼻立ちもスッキリした美人。そりゃ輪太郎はひと目ぼれするな。
でもって、香川さんは彼女にしたい好感度で言えば、もしかしたら福井さんよりも上かもしれない。いや、これは僕の独断と偏見。輪太郎のような自信家なら話は別だけど、福井さんは普通の男には高嶺の花に思えちゃう気がする。
香川さんはほんとかわいい感じがする人だ。雰囲気が可愛い。作った可愛さじゃなくて素直に可愛い。つまり香川さんはちょうど良い感じ。
スタイルもグラビアのモデルの女の子のように抜群に良いという訳じゃないけど、ちょうど良い。例えるなら、可愛いイルカちゃん。痩せていているイルカっていない気がする。そんな感じ。イルカって、丸みがあってかわいい。そういうこと。控え目な感じなんだけど、芯がしっかりしてそうなのも良い。あ、自分勝手な思い込みだけど。
そんな2人とビーチバレーをしたり、海の家で他愛もないことを話せるくらいになったりして、楽しくないはずがない。ビーチバレーは僕らも本気でやったんだけど、彼女たちの運動神経が素晴らしくて、男組対女組で負けそうになった。本気を出して綺麗な年上のお姉さんたちとビーチバレーの真剣勝負をするというのは信じられないくらいに楽しかった。
そのあと、お昼は香川さんが作ってきてくれたサンドイッチを4人で食べた。
「余ったらどうしようと思ったの。作り過ぎちゃって」
いやいや、それはそれはありがとうと輪太郎が遠慮なく食べちゃうので、食べる分がなくなりそうになり負けずに食べた。
そのサンドイッチがめちゃくちゃおいしかった。香川さんが焼いたパンで作ったサンドイッチだという僕の割増感を差し引いても、ほんとにおいしいのだ。なんでも酵母から仕込んでパンを焼いているらしい。売っている食パンと全然違う。
こんなおいしいパンのサンドイッチを食べたのは初めてで、パンだけで1斤食べたいくらいだった。パンだけじゃなくて温野菜のサラダやクリームチーズの和え物とかちょっとした付け合せ?もとてもおいしかった。
輪太郎には「なに鼻の下延ばしてニタニタしてんだよ。顔に「福井さんのサンドイッチがもっと食べたい」って書いてあるぞ」と言われてしまった。余計なことを言うな。実際にその通りなんだから仕方がないけど。
海の家のひと時はあっという間だった。福井さんと香川さんとお昼ご飯を食べている間、僕の視線は2人の女の子を前にして挙動不審じゃなかったのか心配でならない。ずっとドキドキしていた。そしたら福井さんが聞いてきた。
「なんで2人とも坊主頭なの? 自転車って野球部みたいに決まりがあるの。坊主で乗るものなの?」
来ました来ました。でも、熱くなって引かれたりしないようにしないとな。そこが野球やサッカーやバスケットなんかのメジャースポーツと違うマイナースポーツの哀しさだ。
「俺達、自転車、けっこう真剣に乗ってるんです。だから日焼けあとも変でしょ? 100kmくらいなら普通に走って宇都宮から茨城の海に来ちゃう訳です。
ほんとに最初は今日はツーリングの予定だったんですよ。ツーリング。あ、坊主頭ですね。ヘルメットで髪の毛に癖がつくのが面倒なんで坊主頭なんです。すっきりして良いですよ。シャンプーもほんの数滴で経済的。すぐに髪の毛乾くし」
輪太郎が説明するのを補足しておく。
「輪太郎って、こんなお調子ものですけど、自転車に関してはすごいんです。インターハイで優勝しちゃうくらい。去年と今年は連覇しちゃって、しかも今年はもう1種目も優勝しちゃって2種目制覇してますから」
「それで、今はオフ。夏休み。だからナンパしてるの」
と、混ぜ返す輪太郎の神経が分からない。相変わらず、本気なんだかふざけてるんだか強気なんだか全く分からない。でも、僕としては輪太郎にアタックしてもらったおかげでこの場面があることに感謝して、いちおう輪太郎を持ち上げておく。2人は、それなりに「口だけじゃないのね。すごかったのね」という顔をしていた。素敵な女の子2人が「意外とすごのね」という表情になるのに、ちょっと嫉妬してしまった。
そしたら。輪太郎がそのまま自慢話に持っていくかと思ったら、こっちをアシストしてきて逆に焦ってしまう。エースにアシストされて戸惑っているアシストってこんな気分かな? 違うかな?
「あ、ムサシもすごいんですよ。昔は剣道やってて、だからずっと坊主頭らしいです。中学2年で全中で全国3位になったくらいだから、これもまあ予想外にすごい。本名は宮本健なんだけど、剣道強かったのと、苗字が宮本だから、ムサシ。単純ですよね。宮本武蔵。
でも、ムサシっていうのは名前負けですよ、完全に。今は剣道やめちゃったみたいで、自転車的には俺に弟子入りしている状態だし」
確かにね、いろいろその通りだ。ムサシって、名前負けしてる。剣道やめちゃったし。でも、小学校から剣道やっていてムサシで通っていて、地元なんて中学とか高校とかいつになっても誰かしら知り合いがいて、ずっとムサシになっちゃった。ミヤモトムサシが本名だと思っている人もいるくらい。福井さんが言った。
「同じ坊主頭でもねえ。輪太郎君はワイルドに坊主頭って感じ。かなり似合ってる。味がある頭の形してるわ。ムサシ君は髪型に気を使ったら、ちょっとジャニーズ系じゃない?」
輪太郎は不公平だと言ったが、僕は思わず赤面してしまった。きれいな女の人にそんなこと言われたら、ドキっとしちゃう、というかドキドキしっぱなし。
そんなやり取りの後、またビーチバレーをしたりしているうちに3時くらいになってしまった。ここから自転車で100km走って宇都宮まで帰るんだったな。距離的にはまったく問題ないけど、暗くなる前に帰りたい。
「ほんとはもっとゆっくりしたいんだけど、自転車で帰るから」
僕らは坊主頭にないはずの後ろ髪をひかれまくりながら帰る準備を始めた。僕は香川さんの連絡先をいつどういう風に聞くべきか思案しつつ、タイミングを逃しつつあった。こういうとき僕って決定力ないな。アタック出来ないし、アタックしても最後をバシっと決められる自信がない。このままじゃ次の第3ステージのスタートラインに立てないぞ。
輪太郎はといえば。
「アドレス教えるから、絶対連絡よろしく」とか言っていて、聞くつもりもないらしい。
相変わらず強気。連絡先を交換する訳でもなく、連絡先を教えるからメールしろって、その強気は福井さんを前にしても変わらないのがすごい。しかも、聞けば教えてもらえそうなのに、聞かないで教えるだけ。どんだけ強気なんだ? 君は。連絡来なかったら終わっちゃうよ。頼むよ。電話番号でもメールアドレスでも聞いてくれ。
帰る前にジャージとレーパンが乾いていて良かった。連絡先が聞けずにレーパンも乾いていなかったらほんと意気消沈だ。彼女たちも着替えが終わって、僕らは4人で駐車場に向かう。彼女たちの後ろについていきながら、その1歩1歩が名残惜しい。
福井さんは白地に可愛いプリントが入ったTシャツにショートパンツ。
香川さんは紺色のポロシャツに7分丈のカーゴパンツにベースボールキャップ。香川さんがちょっと男っぽくて意外。でもそれが可愛い。女子が剣道の胴着を着て試合前に集中していると可愛い子がなおさら可愛いく見えるのと一緒だな。違うか。
僕は、斜め後ろから見える香川さんのうなじと、7分丈のカーゴパンツの先に見える形の良いふくらはぎに視線はくぎ付け。きっと輪太郎は福井さんのすらっとした足に視線はくぎ付けなのに間違いない。
「しょうがないわね。連絡するわよ」
福井さんが笑顔で振り返りながら言う。ほっとした。良かった。おかげで香川さんとつながった。これで僕も第3ステージのスタートラインに立てそうかな。
「じゃあまたね。楽しかったわ」
その香川さんの「ジャアマタネ」という単語を聞いた瞬間、僕は散歩に連れて行ってもらえる前に尻尾をブンブン振るワンコみたいな気分になった。
「またね。香川さん、サンドイッチめちゃ旨かったよ。ありがとね。今度もよろしく。ムサシがヨダレたらして待ってるから」
輪太郎が相変わらず余計なことも言うけど、確かにおいしかった。次はいつになるかな。今からとても楽しみだ。栃木と茨城って、もし付き合ったら遠距離になるのかなとか、勝手に自分で想像してしまった。
意外にも、香川さんが車を運転するみたいだ。さらに意外だったのは、それがスバルのワゴン車のターボ付きモデルだったこと。ウチの母親もスバル車だけど、香川さんとの組み合わせは意外。香川さんのような子が乗るにはハードボイルド過ぎる気がする。さらに意外だったのはルーフにサイクルキャリアが2台分ついていたこと。自転車乗るのかな?
輪太郎も同じように思ったに違いない。意外だなという2人の視線に気がついたのか、
「お父さんの車なの」
香川さんが言い訳気味に言った。そのちょっと言いにくそうな雰囲気には、あとになって気がついたんだけど、ついついサイクルキャリアに気を取られていた。
「香川さんも自転車、乗ってるの?」
聞いてしまってから、香川さんがまた困っているようなそぶりをしているのに気がついた。どうしよう。何かあるのかな。どうしよう。
「お父さんとお兄ちゃんが乗ってたの」
その答えが過去形だったのは、きっと理由がある。さすがにそれは僕でも分かったけど、なぜかは聞けなかった。ちょっと気まずい雰囲気だったのを、福井さんがフォローしてくれた。
「次も自転車で来るの? お疲れ様ねえ。今度はバレーで負けないわよ」
次を保証してくれた。いつもなら強気で切り返す輪太郎も、香川さんの様子を見て神妙だった。輪太郎は、何も考えていないようで考えている。この時ばかりはその神妙さが僕にはきつかった。もっとバカなことを言ってくれればいいのに。自分の間の悪さを棚に上げて思った。
「私も、ちょっとはロードバイク乗るのよ。意外かな? 久し振りに乗ってみようかな」
最後に香川さんが笑顔になって言ってくれた。香川さんもロードバイク乗るんだ。そうなんだ。でも、やっぱり香川さんが切なそうな笑顔だったのが気になったけど。輪太郎ならすぐに、「今度、一緒に走ろう」と言えるのだろうか。僕はいつか「一緒に走ろう」って言えるかな? スバル車の独特なエンジン音を見送りながら思った。
帰りの道中、思いっきり遊んでいたのに疲れは感じなかった。テンション上がりまくりだ。県境の峠では輪太郎に競り勝った。
「何を張り切ってんだよ。最後は泣きそうな顔してたくせに」
輪太郎にそう言われると全くその通りだ。でも、なんとかまた会えそうだという希望が僕のモチベーションにつながった。今日の出来事を2人で反芻しながら宇都宮に向かっていたら、帰り道はあっという間だ。そもそも今日自体があっという間の出来事だった。
今日出会った2人の女の子は容姿だけじゃなくて、とにかくすごいということで僕たちの意見は一致した。福井さんは、高校女子駅伝の名門校出身で、1年生の時に1500mでインターハイで全国優勝していた。更にその翌年、なんと高校2年生で全日本選手権で優勝していた。2年後のオリンピック候補として、その容姿もあって陸上界のアイドルとして結構騒がれていたというのは、その情報が記憶と一致した輪太郎からの受け売り。
香川さんは、中学時代に競泳で県大会で優勝したらしい。それであの泳ぎだったのか。あのおっとりとした可愛さの中にそんな経歴があったとは。競技人口で言えば、剣道や自転車で県大会1位になるより競泳で1位になるほうが大変な気がする。
そんな素敵な年上の女の子を相手に、僕は彼女たちに自分がどう思われたかなとか気になって仕方がなかった。考えれば考えるほど自分が自意識過剰になっていく。恋の力はすごい。世界がバラ色に思える。なんだかいろいろ頑張れる気がする。いきなり恋に落ちた恋愛初心者の僕にはほんとに新鮮な感覚だった。
でもって、輪太郎から福井さんからのメールの転送が来ないかどうか気になって、その日はロクに眠れなかった。
第4話に続く




