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challenging-現在進行形な僕らは 第2章 2011年9月 マロニエトライアスロン 第29話

第29話【福井晴美】


 ウォーミングアップはしっかりしたからスタートしてからはほんとに気持ち良かった。今朝は割と湿度が低めで気温の割には走りやすい。暑さでバテる心配はないかな。最初の1kmを過ぎて2kmくらいになって更に体が動き始めた。この感覚は、走ったことのある人じゃないと分からない。


 調子が良いときは「このままならどこまでも走り続けられちゃいそう」という気持ちになる。ペースは以前に比べたら亀みたいだけど、それでもこの気持ち良さは健在だった。走れることが嬉しかった。


 ラン用のコースは、公園内の林間をぬって2.5kmのコースにしている。連続する鋭角なコーナーやアップダウンがところどころにある。うまくコーナーを回ったり階段を登ったりしないとロスが出る。そのたびに微妙に負荷がかかり始める。最初の1周は3分20秒/kmをちょっと切るくらいでクリア。あと1周だ。スタートゴール地点で律ちゃんが思いっきり手を振っていた。


「無理しないで!」

 律ちゃんが心配そうに応援してくれる。でもここまで来たら無理でも無茶でもしないと私が後悔しちゃう。もう未練を残したくない。ムサシ君が1周回目の後続からのタイム差を教えてくれるはずになっている。ムサシ君だ。輪太郎もいる。


「45秒!」

 ムサシ君が教えてくれる。

「俺と付き合いたかったら死ぬ気で走れ! 1分近く削られたぞ!今はもっと削られてるぞ」

 輪太郎が叫ぶ。なんて言う応援だ。思わず笑ってしまった。大丈夫、私にはまだ笑う余裕がある。頑張れ、私。


 後ろの選手は3分/kmを切るくらいのペースで走ってる訳ね。

 スイムで走ってバイクで走って、それでもそのペースで走れるって、このローカル大会のレベルとしては凄過ぎる。


 でも私だって走れる。私は自分だけで走っているんじゃない。律ちゃんや輪太郎、ムサシ君の気持ちが、私の背中を押してくれる。


 だけど、あと1kmくらいになってから限界に近くなってきた。頼むからあと1km、頑張ってよ。今まで何百キロ、何千キロって陸上のために走ってきたじゃないの。もう陸上は最後なの。最後のあと1kmくらい頑張って。私は自分自身に言い聞かせた。


 駅伝でリタイヤしたときは気持ちが走りたくても体が壊れてしまった。今は体は大丈夫。まだ走れる。あと1km、このまま走り続けさせて。だめだ、このままじゃない、もうちょっとだけ、もうちょっとペースを上げないと。


 肺が焼けそう。脚のストライドが伸びない。腕が振れない。体が重い。一気に限界が来た感じだ。ラスト500m。2位の選手は追い上げてきてるかな。一瞬、気持ちが弱くなりかけた。

「ラスト500!輪太郎がゴールで待ってるから!」

 ムサシ君だ。ゴールにいるんじゃなかったの? 輪太郎がゴールで待ってる? 

「晴ちゃん、ラスト頑張って」


 律ちゃんもムサシ君と2人で並んで応援してくれている。ここが一番つらい所だって、分かっていたみたいに2人で応援してくれた。ありがとう。あと500mだ。応援のおかげでパワーをもらったわ。重かった体も軽くなってストライドも伸びてきた。あと400m。トラック1周分を頑張れば良いのよ。


 頑張れ、私。私はいつも最後の1周でスパートして後続を断ちきって勝ってきたじゃない。私にはスピードがある。トライアスリートの持久力には負けない。あと400m先に、輪太郎が待ってる。


 林を抜けてゴールのある芝生広場が見えてきた。視線をゴール地点に移すと、輪太郎がめちゃくちゃに手を振っていた。輪太郎が私のゴールだ。


 その瞬間、きつかった呼吸が、苦しかった心臓が、痛み出した足が、すうっと開放された。

ストライドが伸びる。いける。ラストスパートだ。


 最後の100mの直線になると、周囲からの応援がすごかったけど、私には内容はあまり聞こえていなかった。私に見えたのはゴールラインの白いテープじゃなくて、その向こうにいる輪太郎だけ。輪太郎のところまで全力で走り切る。それでゴールだ。


 第30話に続く


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