challenging-現在進行形な僕らは 第2章 2011年9月 マロニエトライアスロン 第26話
第26話【山口輪太郎】
2周目の中盤で1位の選手の背中をとらえた。直線区間はまだ長い。直線を利用して一気にここでつき放さないと粘られてしまう。10秒くらい息を整えて、そのあと一気にペダルに力を込め、一気に抜き去って加速して引き離しにかかるんだ。一気に抜き去るイメージを作る。
ここでついてこられたら、クネクネ区間では差を広げられない。相手の追走意欲を萎えさせるくらいに圧倒的な速度差で距離を広げるんだ。
追い抜く前に後ろから観察したけどペダリングにも力は残っているし、なんと言ってもフォームが安定している。トライアスリートだと前のめりなフォームで大腿筋に頼ったペダリングの場合が多いけど、とても理想的なフォームだ。
こりゃ手ごわい。なんとしても一気に突き放す必要がある。そのあとも気が抜けない。バイクでいっぱいいっぱいになっている様子はないから、ランで追い上げられちゃう可能性がある。トップレベルのトライアスリートのスタミナが驚異的なのは俺も知っている。
ダンシングして一気に加速する。追い抜くときに、1位の選手が驚いた様子で声をかけてきた。
「抜かれるとはね!!」
抜き際に嬉しそうに笑っていた顔には追い抜かれる立場なのに余裕があった。ランが得意なのはその様子でうかがえた。まだまだ力を残している。俺が出来るだけタイムを稼ぐ必要がある。あと3周だ。2分差でも危ないかもしれない。それ以上の差をつけるのは、この選手相手に可能だろうか。
ラスト1周になるとき、ムサシから
「1分15秒差! まだまだ!」
とタイム差を告げられた。まだそれだけしか差がついていないのか。脚も心肺ももう爆発しそうだ。この俺がこれだけ辛いなら、あの選手も追い込んでいるはずだ。もしかしたら俺に抜かれたことでペース配分が乱れて、ランのスタミナが切れるかもしれない。
あ、いかん、俺は思いなおした。ダメだ。俺が差をつけるんだ。1秒でもタイムを削って晴美にタスキをつなげるんだ。
空気がカベのように感じる。空気が立ちふさがり、カラダにまとわりつく。ナイフのように空気を切り裂いていければ良いのに。自分が流線型になってロケットのように飛んで行ければ良いのに。
しかし、現実は、俺は必死に空気のカベと格闘している。それでも同じ条件なら今日は俺が一番強い。あのトライアスロンの選手がいたとしても、俺は圧倒的に強い。晴美も律ちゃんも応援してくれている。ひとりじゃ踏ん張れないけど、みんなの声が俺の背中を押してくれる。
心臓と肺と太ももが悲鳴を上げている中、直線区間を踏み込み続けていたら左足のふくらはぎが攣りそうになってきた。俺は焦った。ここで攣ってる場合じゃなねえ。一体いつから自転車乗ってんだとカラダに鞭を入れる。
俺はインターハイを連覇してきた。そして競輪学校に入って競輪で稼ぎまくる。そのために今までどれだけきついトレーニングをやってきたんだ。いまさら攣ったりするんじゃねえ。脚の悲鳴を無視して限界でペダリングし続けた。
「俺のふくらはぎ、ふざけるな!」
内心、自分の体を怒鳴りつけたい気分でペダリングを続けた。ここの直線区間ではペースを落とせない。せめてクネクネ区間まで持ってくれ。ふくらはぎが攣るのを無視して、俺は太腿と大臀筋と腸腰筋でめちゃくちゃに全力でペダルを回した。
とにかく全身のすべての筋肉に、最大限の酸素とエネルギーを投入してパワーに変換する。いや、パワーに変換するように命令する。心臓よ、もっと血を送れ! 肺よ、もっと酸素を取り込め! 筋肉よ、もっとパワーを生み出せ! 俺は体に命令した。言い訳するんじゃねえ。問答無用だ。
ふくらはぎが相変わらず悲鳴を上げつづけて、とうとう激痛になってきた。まだだ。直線区間が終わるまでは踏み込め。ここまで体の悲鳴を無視して自転車に乗り続けたのは、俺は生まれて初めてだ。自分のために走ってたらきっとこんな無茶は出来ない。3人のために走ることが、俺にそうさせる。取りつかれたようにペダルを回す。
こんなに辛いのに、俺は気持ち良かった。最高の気分だった。
27話に続く




