challenging-現在進行形な僕らは 第2章 2011年9月 マロニエトライアスロン 第25話
第25話【山口輪太郎】
律ちゃんのスイムを見て、俺は感動した。必死になってトランジションエリアに走ってきて倒れ込む律ちゃん。おとなしそうな見た目だけど、ほんとはガッツがある女の子なんだな。俺は本気で走るぜ。ブッチ切ってゴールして晴美にタスキを繋ぐ。
もうひとつ、俺自身、びっくりしたことがある。こんなに必死に誰かの応援をしたのは、生まれて初めてだった。律ちゃんがもがき苦しみながら泳いでいるのを見て、俺は必死で応援した。そしたら不思議な感覚になった。応援しているはずなのに応援している自分自身のエネルギーが湧いてくる感覚。
頑張れと言う自分が頑張らなくてどうするという感じで、モリモリとアドレナリンが湧いて出てくる。応援することで自分のエネルギーになることもあるというのは俺にとって新しい発見だった。どちらかというと応援される方が圧倒的に多かったからな、俺としては。
だから、今はアドレナリン全開だ。律ちゃんはプールサイドに何人かに抜かれちゃったけど、リレー部門はバンドの交換だけだからちょっとだけアドバンテージがある。他のトライアスリートはウェットスーツを脱いだりシューズを履いだりする手間があるけど、俺にはそれが無い。おかげでちょっとだけタイムを削れたな。この順位なら総合優勝目指して爆走だ。
俺は1周目までで2位になった。コースは直線の周回路と一部のクネクネ区間の組み合わせ。ペースを上げられるのは直線区間で、そこでタイムを稼がなくてはならない。クネクネ区間で飛ばし過ぎて転倒したら元も子もない。全開で直線区間を飛ばして、クネクネ区間は転倒しないように。そこで息を整えて直線区間で爆発だ。
スタート時にムサシから1位から約1分差って聞いていた。1周回が約5km。5周回で25kmで3分差つけられるかどうか。メンバーリストを確認したら俺も知っている強い選手が1人いた。トライアスリートの国内トップクラスの選手だ。確かロードバイクの実業団のレースにも出ていたはずだ。オープン参加になっていたから順位には関係ないかもしれないし、調整で出ているだけかもしれないけど、その選手が1位で通過していったのは間違いない。
バイクパートは約25km。去年までのタイムを見ると、トップは29分くらいでゴールしている。バイクパートだけなら俺なら26分くらいで走れるだろう。最後のランは約5kmでトップの選手は18分くらいでゴールしている。今の晴美ならランだけならそれくらいで走れると思うけど、足の不安がある。俺が2位に2分差以上をつければきっと大丈夫だと思う。
律ちゃんがあんなに頑張って泳いで1分差で渡してくれたタスキだ。トップでつなぐ。しかも2分差以上つけて晴美にタスキを渡すんだ。そしたら総合でも優勝できるはずだ。出来るだけ晴美にプレッシャーをかけないように差をつける。絶対に。
今日のコンディションは悪くない。今の時期でも朝から暑いと汗だくになってしまって30分程度のレースでも暑さで参ってしまうことがある。今朝は湿度が低めでこれなら全力を出し切れる。
しかし、先頭はまだなのか。ちょっと焦る。いくらトライアスリートのトップ選手だからと言って俺が追いつけないはずがない。1位の選手が強いのは知っている。だけど相手はトライアスロンのバイクパートでスイムのあとのバイクで、このあとランも控えている。バイクだけのエントリーで全力で走る俺が追いつけないはずがない。2周目のトランジット区間で、晴美とムサシと律ちゃんの声援が聞こえる。
「2位だ2位だ。1位はもうちょっと」
ムサシが連呼している。
「輪太郎頑張れ。死ぬ気で頑張れ」
晴美が叫んでいる。
「輪太郎くん!」
律ちゃんの声も聞こえる。
頑張れるね、こりゃ最高のエネルギーだ。しかし、晴美の死ぬ気で頑張れってのはどうなんだよ。笑っちゃうよ。それなら限界に挑戦してみようじゃないの。そりゃあインターハイや国体でも、他のどのレースも必死で走っている。今までそうやって勝ってきた。でも今日はそうじゃない。他人と競争するためじゃない。仲間のために走る。
いつも周囲を考えていて自己中になり切れない優等生のムサシ。
俺に必死にタスキを繋いでくれた律ちゃん。
みんなでつなぐタスキで最後に陸上に区切りをつけようとしている晴美。
みんなのために、いつもは自己中な俺が必死で走るぜ。文字通り必死で限界に挑戦しようじゃないの。
26話に続く




