challenging-現在進行形な僕らは 第2章 2011年9月 マロニエトライアスロン 第24話
第24話【香川 律子】
「私はもう大丈夫」そういう意味を込めて思いっきり手を振った。それは、今は大丈夫という気持ちと、これからも大丈夫と言う気持ち、両方の気持ちを込めて、お父さんとお母さんとお兄ちゃんにも言ったつもりだった。
どれだけタイムをロスしたか分からない。今から取り戻す。
もう一度、私は大きく深呼吸した。そこから距離をロスするのを覚悟で、私は迷わずにアウトコースからぐんぐんと泳いで行った。ムサシ君と輪太郎君と晴ちゃんの声が私を強くした。
私はまだまだ頑張れる。
純粋なスピードなら負けやしない。私の人生のうち、どれだけの時間をプールの中で過ごしたと思ってるのよ、その辺のトライアスリートには負けない。
もう動揺しない。右側の壁を視線におけばいいし、注意するのは左側の選手だけだ。そして左側で接触してももう大丈夫。ちょっとくらい息継ぎをミスしても落ち着いて行けば良い。かなり追い上げているはずだ。
ラスト半周。きつくなってくる。以前ならもっと泳げたはずと、昔の私の記憶が伝えるけど、持久力が記憶についていかない。腕にも脚にも力が入らない。それでも気力を振り絞る。
頑張れ。私。最後は気力で泳いだ。応援のおかげだ。
3周目のスイムの終了地点で重い体を引き上げてプールサイドに出る。私は何位なのかな。ムサシ君の声が聞こえた。
「2位だ! 律ちゃん、今、2位だよ!!」
ムサシ君が叫んでいた。意外と冷静な自分がムサシ君が初めて「律ちゃん」と呼んでくれたことにちょっと照れていた。嬉しかった。ちょっとでも早くトランジションエリアで待っている輪太郎君にタスキをつながなくちゃ。晴ちゃんのタスキを渡さなくちゃ。
だけど、足が全く動かなかった。あと数百mだけ走れば良いのに、その数百mが遥か彼方に思えてきた。プールサイドのコンクリートが、素足のかかとにダイレクトにダメージとして響いてくる。ほんのちょっとの距離なのに。
以前ならもっとランで鍛えてたから、つま先で走って行けたかもしれないけど、今はコンクリートのプールサイドを思ったように走れない。その間に追走してきた選手に抜かれる。気持ちは焦るけど、体がついてこない。私の体、もうちょっとだから言うことを聞いて。お願い。途中の階段を登る体が重い。また追走の選手が2人で競り合いながら抜いていく。
その間も、ムサシ君と晴ちゃんの応援は聞こえた。トランジションエリアに入ると、輪太郎君が笑顔で手を振っていた。あんなに素敵な笑顔になれるんだ。輪太郎君て、もっとワイルドな人だと思っていた。晴ちゃんの前では輪太郎君もあんな風に笑顔になるのかなと、苦しい中でも思ってしまう自分がおかしかった。
実際の私はもう限界で、トランジションエリアで輪太郎君の前で力尽きて倒れ込んでしまった。ほんとはすぐにバンドを外して晴ちゃんのタスキも渡さなくちゃならないのに、体が言うことを聞かない。
「律ちゃん、すごいよ、5位だよ! 俺、感動した。ぶっちぎりで帰ってくるから」
輪太郎君が手際よくバンドを交換してくれたので、なんとかタスキを渡した。
「私、最後、抜かれちゃった」
私はなんとか声に絞り出した。それだけ言うと涙があふれてきた。
第25話に続く




