challenging-現在進行形な僕らは 第1章 2011年8月 海と出会いと悲しみと 第2話
第2話
その後の展開はびっくりだった。まずは輪太郎のファーストアタック成功。信じられなかった。2人のとても魅力的な女の子は輪太郎の勢いに飲まれて、完全に『巻き込まれた』様子だった。僕はといえば、適当に相槌を打っていただけな気もするけど、あとから聞いたら輪太郎いわく「とりあえずは最低限のアシストにはなった」そうだ。
そんな訳で。僕らは、なんと、素敵な2人組の女子大生と、かなり盛り上がって楽しくビーチバレーをして、その後、本日2杯目のかき氷を一緒に食べることになる。その事実に驚いちゃう。2人は土浦大学の教育学部体育学科の1年生。体育教師の養成コースの1年生で、学生寮でルームメイトとのことだ。
こんな素敵な体育の先生だったら中学生に戻りたいと本気で思ってしまう。ビーチバレーからかき氷までの展開は、輪太郎のマシンガントークと、間の抜けた自分のボケた具合で始まったけど、なんとか第1ステージは終了した。
休憩がてらの海の家での自己紹介が第2ステージだ。そこから会話のやり取りという駆け引きが始まった。いや、駆け引きだと思って緊張しているのは僕だけか。僕にとったらとても普通に会話できる状況じゃない。一語一句が、なんていうか緊張する。場が白けないように。会話が展開するように。大勢の中で気軽にハシャぐなら平気なんだけど。
この先、このステージレースは続くのか、自分はリタイヤしてゴールにたどり着けないのか、いつか自分自身が本気でアタックするタイミングがあるのか、考えてしまった。出会ってまだほんのちょっとしか経っていないのに、僕はどうしちゃったんだろう?
輪太郎がストライクど真ん中と言ったショートカットの子は、福井晴美さん。もう1人のセミロングを後ろに縛った子は、香川律子さん。どちらかというと福井さんが輪太郎とやり取りして、香川さんと僕が相槌を打ってる感じ。
かき氷を食べながらなんとなく自己紹介をしつつ、実際のところものすごくドキドキしていた。自転車に乗っているときに装着している心拍計をそのまま装着してモニターしていたら面白かったに違いない。後でパソコンにデータを取り込んだら、どれだけ心臓バクバクな具合だったか分かるかな。心拍200近く出ていたら面白いな。そんなことを自虐的に思ったりする。
「ほんとはね、ナンパとかしてくる男子がいたら全部すっぱり断ることにしていたの」
福井さんがはっきりと言うと、輪太郎はこれまたはっきり言う。
「断られなかったということは、それ、かなり脈ありってことね。俺達、いやコイツはおいといて、俺はいい男だよ。振っちゃうと後悔するから振らない方が良いよ」
重ねて輪太郎がいう。
「その辺の大学生なんて、いや俺まだ高校生だから、実はほんとは大学生とかってよく知らないけど。きっと口ばっかりでしょ? 俺、年下だけど、その辺の学生よりもオッサンみたいにしっかりしてるから。オッサン嫌い?」
輪太郎が更にたたみかけて言う。
「断わられても関係ないから。俺達、決めたから」
俺達って、どういうこと? 内心、僕はまだ決めてないという顔をしたら小突かれた。
「こいつ、真面目そうな顔してムッツリスケベだからね。気をつけてね。香川さん」
おい、こら。何を言うんだよ。全く。
「あ、でも、俺もさ、前科2犯だから2人とも気をつけて。窃盗と放火」
今度は、香川さん達が面食らっていた。2人は素の表情に戻って、一瞬、怪訝な表情になった。微妙な間をおいて輪太郎がしゃあしゃあという。
「つまり。あっという間に俺がハートに火をつけて盗んじゃう予定だからヨロシク」
そのネタ何回目だ? 僕は思ったけど、2人には新鮮だったみたい。
確かにオヤジギャグ。そう言って、2人は笑った。福井さんはよく笑う。笑顔が最高に魅力的。こんな素敵な笑顔で笑ってくれる彼女だったらすごく嬉しいに違いない。香川さんはちょっと控え目に笑う。でもその笑顔も良い。なんだかちょっと切ない感じがして、ほほ笑む感じがなんだかいい。輪太郎は最初からアタックして押しまくって、一緒にいるこっちが冷や冷やしちゃう。
「山口君だっけ? なんでそんなに自信があるの? 参考までに教えて。あなたみたいな男の子は初めてよ。そんな風に自信満々さを口説きネタにして嫌味がないのは珍しいわ」
冷静に福井さんが聞いてきた。それは僕もいつも不思議に思う。輪太郎の「強引な強気」には嫌味がないのだ。
「十代の男の子って、自意識過剰で無駄にカッコつけたがるとか、自慢話タラタラでうっとおしいとか、全く意気地がないとか、どれかだと思うんだけど」
福井さんは、輪太郎の強気トークにもう笑うしかないという感じで呆れて聞いてきた。僕の脳内では、「こいつは実は、彼女はすぐに出来るんだけど、そこからはフラれてばかりで。言ってみれば単なる自転車バカです。ムダに自転車バカ」とどれだけ言ってやろうと思ったことか。
「ひと目惚れです。好きになる確信があったから。今しかないって」
福井さんの問いかけに答えになっているようないないようなことを答えつつ、また口説きだす。
「バレーやってるとこみて、タダものじゃないなあと。ダッシュの反応の速さとか砂浜でジャンプした高さとか、半端じゃないです。きゃあきゃあ言ってハシャいでいるその辺の女の子だったら俺だってナンパも時間のムダなんで。でも、なんて言っても2人とも、動きがしなやかでアスリートで、そして美人と言うかきれいというか可愛いというか。とても魅力的です。後悔したくないのは俺の方なんですけどね、ほんとは」
こうもストレートに言えるのもすごいな。僕はこういう風に自分の気持ちをまっすぐに伝えることが苦手だ。相手が自分のことをどう思ったりするのか考えちゃう。そう言える輪太郎がうらやましい。
そう思うのが普段の自分なんだけど、なんだか今日は違った。輪太郎のその思いに僕も一緒になっちゃった。さっき4人でバレーボールをやって、いまここでかき氷を食べている間に完全に輪太郎のウイルスに感染してしまった。自分でも驚いたけど、出遅れる訳にはいかないという焦りと、今日言わなかったら後で絶対に後悔すると脳内の自分が、必死に自分に訴えていた。いまはアシストだけしている場合じゃない。自分もアタックだ。
「あの、輪太郎は最初から福井さんストライクど真ん中って言ってました。実は僕は最初はついてきただけだったんですけど、今はそんなこと言っていられなくなって。香川さんが泳ぐところ見ていて驚いたんです。すごく素敵でした。参りました」
香川さんは、ビーチバレーのあと、ちょっと泳いでくるわと言ってゴーグルをつけたと思ったら海に向かって歩きだして、そのまま散歩するように泳ぎだした。僕は唖然とした。海って、浮き輪とかボートに乗ったりして遊ぶものかと思っていたのに、香川さんはごく自然にクロールで泳ぎ出した。その泳ぐ姿はスムーズでしなやかで力強かった。波が来ても乱れずに泳ぎ切るのはすごいとしか言いようがない。
穏やかな衝撃。海って、ああも普通に泳げるものなの? 波に逆らう訳でもなく波に飲まれることもなく、警戒ブイまで泳いでUターンして戻ってきた。まるでイルカのよう。そうイルカ。可愛いイルカ。そして香川さんが泳ぎ終わってからの、濡れた髪を両手でしなやかに払うしぐさがほんとに素敵で映画のワンシーンみたいだった。完全にヤラれてしまった。
僕たち2人の唐突なひと目惚れ宣言を、年上の女子大生の素敵な2人はどう思ってるのか。もうかき氷どころじゃないんだけどな。
「私たち寮で2人部屋で同室なのは言ったでしょ。それで仲良くなったんだけどね、新入生だとサークルの勧誘とか部活の新入生歓迎とかで4月からほんとにいろいろあるのよ。2人で歩いているだけですぐ声とか掛けられるし、飲み会とかにも誘われるし」
「晴ちゃん、美人さんだから目立つのよ」
「何言ってんの。実際に声かけられるのは律ちゃんの方が多いでしょ」
確かに2人が歩いていたら目立つのは間違いない。で、福井さんが手ごわそうに見えるから、かわいい感じのする香川さんに男たちが声をかけるということか。
「いろいろ口説かれたりするけど、確かに山口君のいうとおりかもね。大学の上級生でも口ばっかりな男は多いわよね。けっこう面倒なのよ、断るのも。私たちがどれほどなのよって言われたらそうだけど、それでも下心丸出しで口ばっかりな男はうんざり」
すかさず輪太郎が言う。
「2人はすごく素敵です。そんな下心だらけな男たちは福井さんと香川さんの魅力のこれっぽちも分かってないです。ビーチバレーやって、こりゃもう今日逃したらイカンと思いましたよ。あれだけ素人勝負に熱くなれる素敵な女の人はそうそういないです。遊びだって1生懸命やった方が楽しいに決まってます。めちゃくちゃ楽しかったです。そりゃ下心は当然あります。隠す必要もないから下心丸出しで口説かせてください」
おいおい、そりゃ言い過ぎだろう。一気にしゃべりまくるのは良いけど勝負に熱くなれる人が好きだとか下心丸出しとかって、なんだよ。僕はそこまで言っていないぞ。なんとかその言い草に抵抗しようとするけどうまく言葉が出てこない。そりゃそうだ。僕だって下心がない訳がない。
「あなたたちみたいなパターンは初めてね。ダッシュが良いとかアスリートだとか泳ぎ方に惚れたとか下心ありますとか、口説き文句じゃないわよ」
福井さんはまた苦笑い。香川さんも福井さんと顔を見合わせて苦笑している。その日はずっとこんな感じだった。輪太郎がアタックしまりで、僕もそれにつられて徐々に頑張って、福井さんは徐々に聞き役に回って香川さんと2人で笑ってツッコミ返すという展開だった。彼女たちの話もとても面白くて魅力倍増。信じられないくらい楽しい時間だった。
例え、2人の女子大生がヒマつぶしで今日1日だけ相手してくれただけだとしても、この日は18歳までの人生史上、一番楽しい1日になるのは間違いなかった。茨城の普通の海の家が、沖縄かハワイかグアムかサイパンか、そんなリゾート地に思えたくらい。行ったことないけど、この日はそれくらいスペシャルな1日だった。
第3話に続く




