challenging-現在進行形な僕らは 第2章 2011年9月 マロニエトライアスロン 第16話
第16話
「みんなで食べましょう。」
香川さんの笑顔に僕まで嬉しくなった。
「今日はオープンサンドにして好きに食べて」
とのことだった。
なので、まずは僕は普通のパンだけ食べてみる。相変わらずおいしい。普通のパンだけど普通のパンじゃない。柔らかいだけのパンじゃない。モチモチしていて弾力がある。他にもいくつか種類があった。クルミ入りなのとレーズン入りとか。
どれもおいしくて嬉しくなってしまう。それに生ハムとクリームチーズを乗せて食べてみる。我が家じゃ出ないこの組み合わせ、なんだかちょっと大人っぽくて幸せだ。
サラダもパンにあうサラダがいろいろ。タマゴサラダにカボチャサラダにゴボウサラダ。チリビーンズもスパイスが効いて美味しかった。どれ食べてもおいしい。パンに乗せてもおいしいし、それだけ食べてももちろんおいしい。これ、作るの大変だったろうなと思うと感激して、また泣きそうになったのは内緒だ。
「はいはい、ムサシは香川さんのサンドイッチ食べられて幸せね~」
と、輪太郎は、人を冷やかしてサンドイッチを食べながら、「こりゃ確かにうまい。ムサシが惚れちゃうのもムリはない」なんて言っていた。
そしたら、輪太郎は「うお~。うますぎる!」と突然言い出した。
「このタマゴ焼き、とんでもなくうまい!」
そういやパンに夢中でサラダもたくさんあって、まだ卵焼きを食べていなかった。どれだけおいしいのかな? 香川さんが笑っている。そしたら福井さんがなんだか照れていた。
「タマゴ焼き、晴ちゃん作よ。唐揚げも晴ちゃん作よ。今日のお昼は2人の合作ね」
香川さんが教えてくれた。
「最高。うまい。こんなうまいタマゴ焼き食べたことない!」
輪太郎は、しつこく言い続ける。福井さんは相変わらずちょっと照れていた。僕も食べてみて、確かに驚いた。
一見、普通のダシ巻き卵かと思ったけど違う。ふっくらしていて、いままでこんな卵焼き食べたことがない。確かにうまい。どうやって作るんだろう。我が家の厚焼き卵も出汁がきいていておいしいけど、この卵焼きはなにか秘密がある。
唐揚げも食べてみたけど、唐揚げもおいしい。冷めていてもおいしい。しょうゆ味じゃなくて塩風味な味付けが新鮮。そこに黒胡椒がアクセントになっている。塩味と胡椒のシンプルな味付けで、鶏肉の旨さがじわっと来る。
そして「鶏皮の素揚げ」も新鮮だった。鶏皮を唐揚げにして胡椒を効かせてあるんだけど、それって脂プラス油な訳で、驚異的かつ暴力的なカロリーだよね。僕は子供の頃は鶏の皮が食べられなかった。食べられるようになったのはごく最近なんだけど、コレがおいしいくて止まらない。
香川さんのパンやサラダといい、福井さんのタマゴ焼きや唐揚げといい、素晴らし過ぎる。
「福井さん、いいお嫁さんになるよ。せっかくだからオレのお嫁さんになるってことでいいんじゃない?」
と輪太郎は相変わらずダンドリを無視したアプローチをして、福井さんに「ばか」と一蹴されていた。今日は香川さんが説明役が多い。お昼になってからは福井さんは輪太郎のうまいうまい攻撃に照れていて口数が少なめだ。
「晴ちゃんの実家ね、お寿司屋さんなの。幸寿司っていうんだけど。この卵焼きはお母さんの秘伝の卵焼きなのよ。あ、そうそう、お母さんの名前がみゆきさん、漢字で幸せ、なのね」
そういうことか。新しい一面を見た感じ。お寿司屋さんの娘さんなのか。そう言われるとそんな感じがしちゃう。ハキハキしているところとか。
今度は福井さんが説明してくれた。
「あのね、忙しいときは私もお店を手伝うんだけど、律ちゃんもウチのお店手伝ってくれる日もあるのよ。宴会が入ったり週末の忙しかったりする日とか。
お店を手伝うのは、入学して家を出て学生寮に入る時の約束なの。忙しい時はちゃんと店の手伝いもするからって。学生になって家を出てちょっとは自由にしたかったのよ。アパートは無理だったけど、寮なら良いって。
同じ寮生活でもね、私の高校時代は暗黒の寮生活だったんだけど、今の大学の寮は相部屋だけど割と規則が自由なの。それにルームメイトが律ちゃんだったなんて、最高に嬉しかったわ。今は律ちゃんもお店を手伝ってくれるから、私もお店も助かってるの」
さらにそういうことなんだ。もし、2人が働いていたら、それだけでお店の売り上げが上がるんじゃないかなとか、思わずそんなことを考えてしまった。
「目標達成したら、ウチで祝勝会やらない? 私たちがバイト代からおごるから。律ちゃん、いいでしょ?」
「それ、楽しそう!」
香川さんも賛成してくれた。福井さんの提案は、僕らのやる気にますます火をつけた。僕らの目標は、「トライアスロンのリレー部門で優勝、そして幸寿司で祝勝会」ということになった。
「でもって、優勝したらオレと福井さんが付き合うから、おめでとうのお祝い会だぜ」
と、輪太郎はまだ言っていた。福井さんが、
「お父さんもいるけど、それでも良いの?」
と聞いたら、輪太郎は一瞬引いていたけど、
「それならいっそ結婚の申し込みをしちゃう。婚約してフィアンセってどう?」
とか、ウソだか本気だか分からないことを言って、牽制したつもりが逆に輪太郎に勢いをつけさせる結果になって、福井さんを唖然とさせていた。
僕らは2人に「象みたいに食べるわね」と言われながら、パンやサラダや卵焼きや唐揚げを食べた。残らず食べ切って、「作り過ぎちゃったかなと思って、余ったらどうしようと思ってたのに」と言う香川さん達を驚かせた。
でも、この先、驚いたのは僕らだった。