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challenging-現在進行形な僕らは 第2章 2011年9月 マロニエトライアスロン 第14話

第14話


 そんなことを考えてから、ふと我に返った。

「イマ、ボクハ、カガワサント、フタリキリダ」

突然、そのことを実感する。


 そうか、輪太郎はだから2人で走って行ったのか。そりゃ2人で走りたかったかもしれないけど、普段、「自転車でサドルの上に乗ってるのは何時間でも構わないけど、走るのなんてもってのほか。歩くのでもイヤだ」と公言する輪太郎は、僕のために走りに行ったのか。


 僕らは、夏の日差しの木漏れ日が漏れてくる木陰のアルミ製の丸テーブルに向かい合って座っていた。その瞬間、僕にとって、その丸テーブルは僕らだけの小宇宙になった。周囲は真空じゃないかと思えた。そう思っているのは僕だけだったかもしれない。

「朝早くからさ、パン焼いたりとかサンドイッチとか作るの大変だったでしょ? ここまで運転してこなくちゃならないし」

 なんとか会話を絞りだして、あと15分くらいは2人の時間を過ごすことの緊張を思った。剣道の関東大会とか全国大会よりも緊張するよ。


「作るの、好きだから。それに、誰かのために作るのって、張り合いがあるの」

 香川さんは嬉しいことを言ってくれる。その笑顔が可愛かった。福井さんがヒマワリなら、遠慮がちに笑う香川さんの笑顔はスミレみたいだな。いや、パンジーかな。冬の間も寒さに負けずに小さく咲き続けて、春先になって暖かくなると待っていたかのように鮮やかに咲きだすパンジー。今の香川さんは冬のパンジーかな。いつか満開の笑顔で笑えるようになると素敵だろうな。そんな風に香川さんの笑顔をみて思ってしまった。


 考えてみると、「誰かのために」という言葉は重い。香川さんは家族のために作ることはもうないんだ。そう思ったことを悟られないように他愛もなくトレーニング話なんかをする。僕は僕で調子が良いこと、輪太郎はアホみたいに張り切っていること。このところモチベーションが湧いてきてなんだか勉強も頑張ってテストの結果も良かったりすることなんかを話した。


 香川さんは、久し振りにペースを上げて泳ぐと心肺機能がついていかなくてきついとか上半身は筋力が落ちててるから腕が辛いとか、でもそういうのが楽しいと言ってくれた。こういう話題で盛り上がれる女の子って言うのもすごい魅力的。

「目標があるって良いわね。それに一緒に頑張れる仲間がいるって感じも」

健全なトレーニングの成果を、緊張しながら徐々にリラックスしながら話していると福井さんと輪太郎が戻ってきた。


「よう、少年。香川さんに告白したか?」

ハアハアして福井さんの何倍も汗ダクダクでゴールしてきたくせに、いきなり輪太郎がそう言ってきたので、顔から火が噴き出しそうだった。香川さんと目を合わせられない。

「なんだよ、まだかよ。せっかく2人にしてやったのに、トロくさいな。だから俺に自転車でもオレに敵わないんだよ。俺はもう告白しちゃった。付き合う約束もしちゃったよ」

 相変わらずの輪太郎トークに、福井さんが黙っていなかった。


「何言ってるのよ。付き合う約束にはなってないでしょう」

福井さんの顔は笑っている。なんでも輪太郎は「今度のトライアスロンのリレー部門で優勝したら付き合ってくれ」と言ったらしい。

「そんなの、おかしいでしょう? だって、ランのパートで最後にゴールするのは私なのよ。頑張り甲斐があるんだかないんだか」

 輪太郎は懲りずに言う。

「コレ、作戦ね、作戦。友達思いの香川さんは福井さんに幸せになってもらいたくて頑張って泳ぐわけ。俺は当然ブッチギリね。当然、1位でリレーするから。で、福井さんも香川さんの頑張りに応えて1位で優勝。優勝と一緒に俺達もめでたくカップル成立で、めでたしめでたし。」


 なんだかよく分からないけど、気がついたら目標が「リレー部門で優勝」に変わっていた。福井さんが輪太郎の話を遮ってコースの印象を話してくれた。

「意外とアップダウンがあるのよ。2周目はきついかも。細かいコーナーとかも多いし。でも、私、けっこうクロスカントリー好きだったから向いてるかな。今の心肺能力じゃ、純粋にスピード勝負になるコースよりも良いかもしれない」

 そのあと福井さんは1人でもう1周走りに行った。この暑さの中じゃバテちゃうんじゃないかと思ったけど、汗もたいしてかいていなくて走りだしていく後ろ姿はとってもクールだった。まあ、輪太郎と一緒じゃ笑いすぎで集中できなかったに違いない。その輪太郎は、案の定、バテていた。さっきの勢いはどこへやら。福井さんが走り出したら一気にヘタレて、汗がダラダラと流してグダグダになってスポーツドリンクを飲み干していた。


「ダメだ、全く走れなかった。愛のチカラがあってもダメだった」

当然だろ。まあ、2人だけで話す時間を作ってくれて感謝してるけど。感謝して間もないうちに、輪太郎は香川さんに余計なことを言う。

「でさ、ムサシって、話がつまらなくない? マジメ過ぎるんだよね。男だったらさ、ちょっとは危ない雰囲気があったりドキっとするくらい大胆なところがあった方がいいよね?」

 また余計ないこと言うんじゃないよ。そう思っているとまだ続く。

「もうちょっとぶっちゃけちゃったりしないと女の子にモテないよって、言ってあげて。あ、まあ、確かにマジメな方が信用できるかしれなけどさ。そういう意味では彼氏にするならとりあえずオススメだよ。坊主頭だけど、見た目も悪くないし。それがちょっと気に入らないけど」


 相変わらず人のことをけなしているんだかほめているんだか分からない調子で人のことをからかっている。

「2人はほんとに仲が良いのね」

 輪太郎と僕はお互い顔を見合わせて、「えええええ~。」とのけぞる。意識したことがないからビックリだよ。仲が良いかと言えば、そりゃ悪くはない。でも不思議だ。学校が同じ訳じゃないのに、それでも輪太郎とはなんだか分かりあえている気がする。安心感がある。全力で張り合ってる相手に対する信頼感、ていうのかな。自分でなんとなく納得してみた。


「あのね、私、そんなに順位を争うほど泳げないかもしれない」

香川さんが心配げに言う。そうだよ。輪太郎、お前がプレッシャーかけたせいだ。

「大丈夫。俺にさえつないでくれれば、あとは俺がブッチギリで1位で帰ってくるから」

 どんだけ自信があるのか、コイツの頭の中の構造を見てみたい。


 福井さんが戻ってきたけど、まだお昼に時間があるので、プールのスイムコースの下見をしてからお昼にすることにした。プールに入場して、当然ながら男である僕らの方が着替えるのに時間がかからないので、着替えてから先に日陰のテーブルで待っていた。

 初めての出会いは海だったけど、そのときはまだ今ほど意識していなかった。今日はもうほんとにドキドキしてしまう。


 第15話に続く。


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