challenging-現在進行形な僕らは 第2章 2011年9月 マロニエトライアスロン 第12話
第12話
しかし、なんとなく誤魔化されていそうな気がして、僕は素直に納得できない。
そう言う輪太郎自身にはコンプレックスは無いのだろうか。聞くしかないけど、でも輪太郎は素直に答えるかな。
「あのな、コンプレックス持ってない人間なんていないさ。俺はコンプレックスを言い訳にしてる奴が嫌いなの。自分の弱点とか足りない面ばかり気にしてさ、オレってダメな奴って思ってウジウジしてるのって、最低。そういうヤツがもてる訳がない」
「顔がブサイクとか背が低いとかデブだとか性格暗いとか。そんなことをウジウジ気にしてる奴なんて一緒にいて楽しくないに決まってるだろ。ウジウジとそういうのをコンプレックスにしてるのがダメなんだよ。自虐ネタで開き直っちゃえば、そういう開き直った人間は弱点を強みにしちゃってるからけっこう強いけど」
「つまりさ、言い訳ばかりで無い物ねだりで周りをうらやんでいる奴なんて、まったく面白くない訳ね。面白くない奴には人が集まらない。逆に毎日を面白く楽しんでいれば人も集まる。人が集まるってことは人望があるってことだ。人が集まればいろんなチャンスにめぐり合うきっかけだって増えてくる。恋愛のきっかけだってね。面白くなくて人望がなくて人が集まらなければ、恋愛も人生の運もつかむチャンスが無いんだよ」
輪太郎の話は、なんだかやっぱり強者の理論だよあ。しかも、面白い奴イコール人望があるっていう公式はどうなのよ。更に輪太郎の独演は続く。
「俺だってさ、弱点はあるしコンプレックスはあるよ。でもそんなの気にしてたってしょうがないだろ。俺は自転車なら高校生で一番速い。その自信だけで生きてるようなもんだ。自信があってさ、ちょっとの謙虚さとサービス精神とオヤジギャクでさ、こっちからコミュニケーションとっていけば、そのうち勝手に人は集まる。公式みたいなもんよ。
そこで失敗するのを怖がってたらダメね。失敗して恥をかいて経験値を積まないとね。失敗して成長するんだよ。失敗だってネタにしちゃえば面白いもんだ。そうすりゃ、いつの間にか面白い人ねって思われて人が集まってくる。人が集まれば楽しいことだって女の子だって人生のチャンスだって、勝手に寄ってくるんだよ。今回だってそうだろ? 俺のおかげだぞ」
確かにね、輪太郎の自信とオヤジギャグとサービス精神のおかげで香川さんと知り合えて片想いモードで恋愛している僕は、何も言い返せない。
「ん、なんだ? まだ納得いってない顔してるな。大切なのは、自分自身への自信と、周囲へのサービス精神。最後にちょっとの謙虚さ。これ大事。独りよがりじゃ駄目ね」
輪太郎から謙虚とかいうセリフが出てくると笑っちゃう。なんだか輪太郎に付き合ってると真面目に考えてるのがムダに思えてきた。強引な話の展開になんだか騙されているような気もするし、納得させられている気もする。輪太郎に聞いてみた。
「それなら輪太郎は今回はどうなの? 福井さん」
輪太郎はちょっと間をおいてから真顔で言った。
「今年の夏はスペシャルだな。福井さんは別格だ。奇跡だな。こんなチャンスは2度とないかもしれない。運命の出会いってヤツだ」
「なんだよ、さっきは運命の出会いなんてないって言ってたくせに」
僕はせめてもの反撃をした。
「運命の出会いが来ないとは言ってないだろ。運命とかチャンスとかっていうのはだな、運命がその相手を選ぶんだよ。せっかくのラッキーな運とかチャンスがさ、まったく努力してない奴のところに行ったら、それこそ努力している人間に不公平だろ。努力してるやつには運命の女神もほほ笑むんだよ。俺の努力は半端じゃないから」
なんだかまた騙されている気もするけど、間違ってもいないんだろう。そんなもんかなと思っていると輪太郎が言う。
「だいたいさ、ムサシは身長あるし、坊主頭の割にはみてくれもいいし、器用で運動神経も良いし成績も悪くないらしいからな、モテない訳じゃないだろ。何を贅沢してるんだか。好き嫌いしてると、いざというときにアタックを決めるだけの瞬発力が出ないぞ。練習しとけ」
恋愛に練習が必要かどうかはおいておいて、確かに恋愛に慣れていなけりゃ女の子と2人でいてもその先の恋愛に発展することは難しい。今の僕にとっては恋愛のひとつひとつの階段がめちゃくちゃハードルが高い。
例えば、今の僕にはキスするイメージさえ湧かない。それこそTVドラマや映画や小説の中はキスにあふれているのに。それでころか、手をつなぐのさえ、どきどきしてしまう。いつ手を繋げばいいのかと今でも悩んでしまう。
今まで告白されたことは何度もある。チョコレートも毎年のようにもらう。でも、アレはあまりに一方的で苦手だ。輪太郎の言う通りだな。一方的なんだ。女の子のほうから「私はこんなに好きなのに」というオーラが出ていたり、「○○ちゃんがムサシくんのこと好きみたいだから付き合ってあげて」とか集団で放課後に言い寄られたり。つまり僕らの年頃は精神年齢が幼いこともあるだろうけど、たいてい自分の気持ちだけで精一杯なんだ。
ひとしきり、そんな一目ぼれの相談から進化論からいろいろな話を輪太郎としていた。というか8割は輪太郎がしゃべっていた。いつも以上に、「舌」好調みたいだ。輪太郎も間違いなくテンションが上がってる。
井頭公園のプールは震災でダメージがあったみたいだけど、夏休みには仮復旧していた。だけど、受付のオバチャンによると例年と比較してかなり少ないらしい。普段は大混雑らしいので、イモ洗いみたいに混むよりは良いけど、宇都宮あたりで放射能やらに過剰に反応する世間はどうなのよとか輪太郎と世間話をしていると、見覚えのある土浦ナンバーのスバルのワゴン車が到着した。気温はずいぶんあがっていて、木陰でもじっとりと汗ばんでくる。
第13話につづく。




