challenging-現在進行形な僕らは 第2章 2011年9月 マロニエトライアスロン 第11話
第11話
週末の朝、太郎と僕は真岡市にある井頭公園のプールの開園前に到着した。宇都宮からだと真岡までは自転車で1時間くらい。ウォーミングアップ程度だ。開園後、すぐ入場してプールサイドの落ち着けるテーブルをお昼用に押さえておいた。再び外にでて、駐車場の日陰で2人が到着するのを待った。
まだ走れば汗ダクになる季節だ。喉が渇く。自販機で冷たいスポーツドリンクにしようか、コーラにしようか悩んだけど、コーラにした。汗かいているときにコーラの刺激はたまらない。最高に旨いと思う。コーラ1本でこんなに幸せだと思えるのは自転車乗っていて幸せだったと思う瞬間だ。
しかし。輪太郎は炭酸飲料は飲まない。スポーツドリンクかオレンッジュース。こういう見かけによらないストイックさは筋金入りだ。
僕はコーラの炭酸の刺激で喉を潤しながら考える。まだ1回しか香川さんに会っていないのに、このドキドキはなんなんだ? 僕はどうなっちゃうんだろう。まだ2人が到着するには時間がある。2人を待つ時間を持て余しつつ輪太郎に聞いてみた。
「あのさ、ひと目ぼれからの恋愛って、うまくいくかな?」
「アホか」
輪太郎は即答。それだけか?
「あのな、ひと目ぼれなんて、勝手に自分で惚れてるだけだ。2人の関係で言えば恋愛でもなんでもねえ。最初から相思相愛なんてありえねえ」
おいおい。
「ひと目ぼれっていうか、方想いのステージを抜けるのは相手次第なんだよ、それが前提。自分がどんだけ相手を好きかとか関係ない。そのことを分かってない連中が多いよなあ。自分が勝手に盛り上がって、相手が好きになってくれるかもっていう妄想は大間違い。能天気にも程がある」
いきなり冷や水を浴びせられた。なんだよ、今まで散々人をその気にさせておいて。
「あのね、親切に言ってやるけどね、恋愛なんて、自分がするもんじゃないの。相手とするものなの。相手にきちんと気持ちを伝えてさ。それで相手に対して優しくするとか思いやるとか良いカッコ見せるとか強い所を見せるかさ、頑張るところを見せて、惚れてもらうしかないだろ。まあ、今度のトライアスロンで、俺の走りをみた福井さんは俺に惚れること間違いなしだな」
今まで彼女に苦労したことのない輪太郎のセリフとは思えなかった。
「モテない奴はな、まず自分から動かない。他人が楽しそうに恋愛しているのがうらやましいのに何もしない。自分には出会いがないとか良い訳してさ。
出会いとかチャンスとかって、自分で努力して作っていくもんだって言う当然のことに気が付いていないんだよ。気がついていても臆病でビビってるんだよ、傷つくのが怖くて。
そういうヤツに限って運命の出会いを待ってたりするけど、そんなの永遠に来ない訳だ」
「次にな、惚れた相手がいたとして恋愛に発展しないのはな、オレはこんなに好きなのになんで振り向いてくれないんだって、相手に求めちゃうからなんだよ。まずは相手に惚れてもらわないと恋愛にならないっていう当たり前のことが抜けちゃってるんだな。自分だけで盛り上がってさ。まあ、俺みたいに経験値があればその辺は楽勝だけどな」
全く恋愛素人の僕に向かって好き勝手に言ってくれるよ。ひねくれて言ってみた。
「そりゃさ、輪太郎みたいに自信満々だったりしたら良いけどさ、世の中、そんなに強い人間ばかりじゃないだろ」
「あのね、今生きてる人間は強い人間ばかりなの。その辺、自覚したほうが楽しく生きられるぜ」
「強い人間ばかりってどういうことだよ」
輪太郎が何を言ってるのか分からなかった。輪太郎は持論を展開し始めた。
「つまりだ。まずはな。俺達は生きてるだけで、生殖活動の勝者なんだよ。
せ・い・しょ・く・か・つ・ど・う。
分かる? 精子って射精1回で1億くらいいるらしいな。つまり俺達は1億倍の競争率を勝ち抜いてきた精子の遺伝子で生まれてきたんだよ。俺達さ、生まれてくるだけで日本一になるくらいすごいことなんだよ」
いきなり生殖活動とか、射精とかなんなんだよ。
そもそも、言ってることは正しいのか。また輪太郎に言いくるめられてる気がする。どんどん話が大きくなる。輪太郎は構わずにどんどん続ける。でもなんでそんな話になっていくんだ?
「でな、よく考えてみろ。ムサシは何世代生きてる?」
は? 何世代? また訳の分からないことを言ってるな。
「いいか、地球上に生物が生まれてから、ムサシのご先祖様のDNAは、1度も途切れていないんだよ。それって、考えてみたらすごいことなんだよ。つまりな、地球上に生命が誕生してからずっと、単細胞生物だとかミジンコだとか、サカナだか両生類だかとかネズミみたいなほ乳類とか、ずっとずっとムサシのご先祖様はな、一度もムサシを生むまでは死んでいないんだよ。DNAは一度も途切れてないんだよ。ネズミみたいなほ乳類だったご先祖様が子孫を残す前に恐竜に食われちゃったりしたらな、ムサシはここにいないんだよ」
突然、輪太郎が進化論?みたいなことを言い出したので、僕は呆気にとられていた。
「ムサシが1億の中の精子の中の1匹からムサシが生まれてくる訳だから、すでに1億分の1の強者だ。それが、ずっとずっと昔から続いているんだよ。弱肉強食の中の生き残り競争が数億年も続いてきたんだよ。サカナが両生類になってそこから爬虫類になって哺乳類になって。サルになってクロマニョン人だかになって。
分かりやすく言えばさ、戦国時代とか江戸だかなんだかの大飢饉とかでも生き抜いて、コレラとかインフルエンザとかの大流行でも生き残って、戦争に行っても行かなくても明治とか昭和とかをムサシのご先祖様はムサシをこの世に誕生させるまで生き抜いて、そうやってムサシの遺伝子は生き抜いてきたんだよ。それが強者じゃなくてなんなんだよ? 今生きてる誰もが強者なんだよ」
なぜ輪太郎が恋愛論から始まって進化論?に熱くなってるかはよく分からない。だけど、輪太郎の話には妙な説得力があった。
世間も自分自身さえも分かっていない僕たちは、誰が強くて誰が弱いか、気になって仕方がない。
誰に彼女がいて誰がモテて誰がモテないか。そんなことが気になって仕方がない。
それを悟られないように強がっていたりする。弱みを見せるのに臆病になっている。輪太郎は、生まれてくるだけですごいことで、今生きてることだけですごいんだと言いたいのだろう。
今日の輪太郎は舌好調みたいだ。どんだけしゃべりまくるのだろう。
輪太郎もテンションあがってるのかとかんぐりたくなるほどだ。実はけっこう恋愛経験の多い輪太郎も福井さんに合えるのにどきどきしてテンションあがってるんだろうな。
第12話に続く