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第4章 2011年10月 チャレンジレース 第106話

第106話【宮本健】


 小さい登りを利用してアタックした。後ろは振り返らないけど、輪太郎は絶対についてくる。

 僕は登りきってからも踏み込むのをやめなかった。ゴールまであと約1000m。ここからゴールまで全力で走る。後ろは振り返らない。もし輪太郎が抜いて行っても絶対に追いつく。ゴールに先に飛び込むのは僕だ。


 僕は今ひとりでレースの先頭を走っている。でも、僕は1人じゃない。律ちゃんの応援、じいちゃんの応援、律ちゃんのお父さんやお母さん、お兄さんのこと。今日の朝練仲間のみんなの応援、五十嵐さんや田代さん、荒井さんのアシスト、チームのジャージの力。そしてこのコルナゴC50。いろいろな思いが脳裏によぎる。


 すべてが僕の力になってくれている。そして輪太郎。輪太郎の存在が僕にもっと走れとけしかける。輪太郎は間違いなく追いついてくる。でも僕は負けない。輪太郎が山岳賞をとったように僕はゴールスプリントで勝つ。ゴールラインに一番で飛び込む。


 予想どおり、ゴール手前の緩いコーナーで輪太郎が追いついてきた。全く、予想通りに。

 ラスト200m、輪太郎は併走し始めた。もし輪太郎が確実に勝ちを狙いに行くなら、後ろについて最後の数十mで差し切れば間違いなく勝てるだろう。


 だけど輪太郎はそうしなかった。

 目があった。そういうことか。よーいドンで勝負か。分かりやすいな。


 戦術も駆け引きもない。ここから2人でゴールまで競争か。緩いコーナーを過ぎるとゴールが見える。両脇にスタンドがあって、今日はホビーレースとは思えないほどの観客がいる。最高の舞台だ。


 最後に差し切るより2人で張り合って勝つ方がかっこいい。輪太郎はそう思ったに違いない。僕もそう思う。


 あと100m。お互い並走している。どちらも引かない。譲らない。意地の張り合いだ。

 どこかで冷静なもうひとりの僕が思う。結局のところ、ロードレースって意地の張り合いなんだ。登りでは苦しみながら登って誰かを脱落させようとし、平地ではスピードを上げて加速して相手をチギろうとし、追走するときはなんとか食いつこうとする。


 そして、ゴールスプリントでは少しでも先着しようと意地を張る。負けたと思って気持ちが切れた瞬間がおしまいなんだ。小さい頃の自転車競争と全然変わらない。


 あと50m、僕らはまだ並走していた。脚が攣りかけてくる。ばかやろう。こんなところで攣ってる場合じゃないだろ。一瞬、ダメかと思いかけた瞬間だった。そのとき、律ちゃんの声が聞こえた。


「ムサシ君、頑張って!」


 律ちゃんの「頑張って」という声が聞こえた。いま、ゴールに律ちゃんがいる。

 律ちゃんが山頂からゴールまで「駆け付けて」くれたんた。


 今日の律ちゃんの応援は山頂はずっと「ムサシ君」だった。そして、今、『頑張って』と僕に応援してくれている。トライアスロンの後に、僕の告白に応えてくれた律ちゃんが言った言葉を、瞬間的に思い出した。


『今度は私に頑張れって言わせて』


 脚が攣りかけて腕もしびれてきている。心臓は張り裂けそうだ。とっくに限界になっているはずなのに僕は輪太郎と併走しながらゴールに向けて加速し続けていた。


 律ちゃんの「頑張って」という声で、最後のスイッチが入った。

 負ける訳にはいかないんだ。


 ラスト20m、僕らはまだ併走している。輪太郎には、きっと晴ちゃんの声が聞こえている。輪太郎だって負ける訳にはいかないのは当然だ。


 僕は視線をゴールラインに向けた。律ちゃんと晴ちゃんがスタンドから身を乗り出して必死に僕らを応援しているのが分かる。


 限界って不思議だ。ダメだと思っても、まだ先がある。完全に攣ってしまったふくらはぎを無視してペダルに最後の力を込める。ラスト10m。輪太郎と僕はまだ並んでいた。ここまで来たら、お互い先に諦めた方が負けだ。それならどちらも諦めなかったらどうなるのだろう。僕は諦めない。きっと輪太郎も諦めない。


 どちらの限界が先にあるか、挑戦してやろうじゃないの。

 

 ゴールラインを超えたとき、最後は何も聞こえなかった。


第107話に続く


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