第4章 2011年10月 チャレンジレース 第104話
第104話【宮本 健】
古賀志林道の登りに入っても輪太郎は積極的だ。負けていられない。2人で張り合うように登っていく。路面はまだ濡れているから登りでも注意は必要だ。さすがにもう転倒はできない。
僕はダンシングで登っていく。勾配が緩むところではいったん腰を下ろして息を整える。斜度が上がるとまたダンシングに切り替える。重力に逆らって登っていく無心になれる瞬間が好きだ。
なにも考えずに、ただ重力と格闘してペダルを踏み込んで前に前に進んでいく。脚が悲鳴をあげる。腕もしびれてくる。心臓が限界だと言っている。それでもまだだ。まだ行ける。
山頂手前のカーブに差し掛かったとき、僕は思った。
ここから僕がヒーローになるんだ。思い切り加速する。全力で走って律ちゃんの前を通過したい。そう思っていた。律ちゃんの声が聞こえる。
僕の限界を、輪太郎が超えていった。
平地のゴールスプリントのような勢いで突き進んでいった。輪太郎は晴ちゃんの声援を受けて、文字どおり、ぶっ飛んでいった。
そういうことか。やったな。やってくれたな。
僕の中で何かが弾けた。そして嬉しくなった。
それなら俺だってやってやろうじゃないか。輪太郎も下りが苦手な訳ではないと思う。でも、僕の方がペースが速いと言ったのは輪太郎だ。下り始めてから僕は輪太郎の前に出る。
「ペースが遅いぞ。山頂で良いところ見せようとしてバテてんじゃないのか」
「うるせえ、お前の登りのペースがチンタラしていてガマンできなくなったんだよ」
「そんならここから飛ばすぞ」
ウェットな路面なら地元のメリットは大きいと思う。僕と輪太郎のコンビならなおさら後続と差を広げられるはずだ。あとは平地でどこまで粘れるか。輪太郎もいいペースでついてきてる。やっぱり先頭で下るのは気持ちが良い。
そして、バイクの限界が上がってるのが実感できる。最高だ。このバイクと律ちゃんのお父さんに感謝だ。登りで疲労した脚も九十九折区間で休めることができた。
高速コーナーは限界まで攻める。タイヤのグリップの限界まで。このバイクになってコーナーリングの限界が圧倒的に上がった気がする。フロントフォークがしっかりしてるからブレーキングもタイトコーナーもまったく不安がない。
輪太郎ついてこいよ。今日は対向車も自転車も登ってこない。
コース幅を全て使いきってアウトインアウトでコーナーリングする。こんなの普段じゃ走れないぜ。ギリギリで走る緊張感が最高だ。
直線区間になってからペダルを踏み込む。ここからが勝負だ。ゴールまで2人でランデブーだ。平地区間になっても僕はドロップ部を握って空気抵抗を減らすことを意識してペダルを踏み込む。集団でローテーションしているのとは違って、2人だけだと空気抵抗が遠慮なく僕らを押し戻そうとする。ペースを維持しようとすると徐々に疲労がたまって脚が重くなっていくる。ゴールまで持つか。
輪太郎が先頭を交代して引いていく。良いペースなんだけど物足りない。今日はそんなペースでお茶を濁している場合じゃないだろ。後続が協調して追走してきたら追いつかれちゃうぞ。もしかしてほんとに晴ちゃんに良いところ見せようとしてバテたんじゃないだろな。輪太郎がほんとにそれを意識していたとしたら意外だ。
2人で何度か先頭交代をしながらセブンイレブンのコーナーをクリアして小さい登りに入ったところで、530ジャージが見えた。1組で出走していた荒井さんだった。
第105話に続く