第4章 2011年10月 チャレンジレース 第103話
第103話【山口輪太郎】
セブンを過ぎると小さい登りになる。俺はいつもならなんでもないその登りで脚がつりかけた。思い通りに動かない左足のふくらはぎを騙しながらペダルを回すけどペースが上がらない。遅れそうになる。ここでダメになるのかと弱気になる。俺らしくないじゃないか。
すると、先行していた1組の選手とムサシが何かやりとりをしている。そのやりとりでちょっとペースが落ちた。助かった。530朝練の荒井さんだった。何度か一緒に走ったことがあるけど、荒井さんのスピードは抜群だ。こんなところ走ってるはずじゃないけどと思うけど、話のやり取り聞くと落車したらしい。
そこから荒井さんが鬼引きしてくれた。荒井さんとムサシに感謝だ。またアシストもらえるなんてすごい奴だぜ。正直、助かった。俺はほとんど休ませてもらっていた。山頂のバトルがこれほどまでにダメージがあったかと弱気になったけど、あの場面で、彼女にいいカッコ見せられなかったら男じゃないだろ。
荒井さんのおかげで、萩の道の入口を過ぎて小さい登りの手前までには随分復活した。全くムサシは幸せ者だな。勝負するステージが上がれば上がるほど、自分ひとりの力では勝てなくなる。その時、どうやって勝つかというのは、自分だけじゃなくて、直接的・間接的にアシストしてもらえるかどうか、が勝負を分けると思うんだ。
レースでのアシストだってそうだし、応援してくれるかどうかとか、練習環境がどうかとか、いろいろひっくるめて、だ。ムサシは恵まれてる。間違いないよ、人徳だよ。お前はみんなの応援を背に受けてどんどんステージを上がって勝負していけ。
でもな、その前に、俺はお前に勝っておくからな。
萩の道の入口を過ぎた小さい登りでムサシは荒井さんを抜き去ると、一気にダンシングで加速していった。ゴールまでのラスト1.5km。
勝負をかけているダンシングだ。全くインターハイで優勝している俺を置き去りにするとは、どんだけ速くなるんだよ。登りで加速していく後ろ姿にもうダメかと思いそうになるけど、俺だってここで気持ちを切らせる訳にはいかない。
ゴールまでに追いつく。
ゴールまでに追いつく。絶対に。そしてゴールスプリントでゴールラインを最初に1cmでも早く超えるのは俺だ。
登りきると先行するムサシの後ろ姿が小さく見える。だけど、俺は負ける訳にはいかないんだよ。焼けそうになっている太ももに動け動けと命令する。自分を信じて追走し続ける。下りを利用して加速する。アウタートップでギヤを踏み込む。追いつけ追いつけ。なんとしてもあの背中に。
そして、なんとかムサシに食らいついた。間にあったぜ。俺はいったん呼吸を整えてからラスト200mから並走した。
お互い目があった。ここからゴールまで勝負だ。たとえ今まで疲労していようが、ゴール勝負なら俺は絶対に勝つ。負けない。俺は今まで何千キロ、何万キロ、自転車で走ってきた。ここで結果を出さなくてどうする。
俺は小さい頃からチャレンジレースを観てきて、中学生1年生の頃から走ってきて、去年も良いところまで行ったけど、勝てなかった。そしてもうロードレースは卒業するって決めた。今年が最後って決めたんだ。だから絶対に勝つ。
第104話に続く