第4章 2011年10月 チャレンジレース 第102話
第102話【山口 輪太郎】
ムサシの登りは確かに速い。2周目になって1周目よりも更に速い。追走で精一杯だ。だけど、今のムサシは山頂で誰かを相手に張り合うつもりはないはずだ。ムサシは自分の限界と走っている。
限界ってのは、張り合う相手がいて更に超えられる。今、俺はお前がいるから、俺の限界を超えて山岳賞を取りに行く。
どんどんペースを上げていきやがる。どれだけ速くなるんだよ。俺も必死だ。死に物狂いになる。山頂まで、そこまで俺の脚、もってくれ。あのコーナーを抜けると山頂が見えてくる。
山頂に晴美と晴美のお父さんがいる。加速するムサシに食いついて俺も加速する。脚がちぎれても良いと思った。肺が焼けるかと思った。心臓が飛び出てくるのかと思った。最後はガムシャラに漕いでいた。視界も狭くなってくる。酸素が足りない。
晴美、見てろよ。俺に惚れ直せ。
なんとかムサシを交わして山岳賞のラインを先に越えた。先に越えたはずだ。
山頂で晴美が待ってるなら、山頂で勝たないと意味がない。晴美が待っているといった山頂で俺が一番なところを見せつけない訳にはいかない。
しかし、その代償はやっぱりあった。脚が重い。ムサシの下りは案の定、キレまくっていた。いつものようにセンターラインを意識する必要はない。コース幅を全開に使ってコーナーをすり抜けていく。俺はチギれないように直線で加速していくけど、限界ギリギリでコーナーをクリアしたと思っても、ムサシはその間に先行している。
このウェットな路面でよくそんな走りができるな。登りだけじゃない。下りも速くなったな。センスがないとこんな風には下れないんだぞ。俺は、俺が今までの経験値でカバーしてる領域まであっという間に踏み込んくるムサシのセンスに嫉妬する。
ウェットなコンデションでこの下りのペースなら後続は追走を諦めているか。いや、油断できないな。
平地になってムサシになんとか追いつく。ムサシを待たせてしまうところだった。追いついても脚が重くてペースが上げられない。
これじゃあムサシに申し訳ないと俺らしくなく消極的になってしまう。まずい。俺がペースを上げられない分、ムサシに負担がかかって共倒れしてしまうかもしれない。後続の追走のペースが上がらないのを祈る。
第103話