第4章 2011年10月 チャレンジレース 第101話
第101話【山口 輪太郎】
「お待たせ」
ほんとかよ。
信じられなかった。ムサシが追いついてきた。
県道からセブンイレブンの直角コーナーで後方を確認したときは、影も形もなかった。それなのに、本当に追いついてきた。
「おせえんだよ」
信じられない。どんな技を使ったんだ?
「なんとか追いついた。朝練のおじさんたちにアシストしてもらったんだ」
全く、ホビーレースでアシストしてもらえるとはな、どんだけ幸せ者なんだか。
思い出すよ、最初に一緒に走り始めた頃を、さ。
平日、朝の5時30分に森林公園を走ってると、ひーひー言いながら古賀志林道を走ってるヤツがいるなと思ったんだ。
どうやら俺と張り合うつもりらしい。遊んでやるかと思ったんだぞ、最初は。
まさかここまでムサシが強くなるとはな。
土日は部活がある俺は週末の朝は走れなかった。お前は週末も5時30分から走り始めて、いつの間にか、今で言う『530朝練』のメンバーのオジサン達がどんどん集まってきたらしいな。
不思議だな。お前がシャカリキになって走ってると、ついついこっちも熱くなっちゃうんだよ。お前がむやみやたらに見境いなく仕掛けるから、地元のオッサンたちが熱くなっちゃって、週末の5時30分に森林公園に集まる朝練は面白いと評判になったらしいからな。
ムサシが追いついたなら作戦実行だ。
ちょっと後ろで休んでいれば、ムサシも追走で使った脚も回復するだろう。それまで後続集団に追いつかれない程度でペースアップしておこう。後続集団が本気で追走してきたら俺達の作戦どころじゃない。先頭の4人でローテーションを回していこう。そして鶴カンでのムサシのアタックで集団をバラけさせる。
鶴カンの登り口で後ろを確認すると、ムサシがダンシングに切り替えていいた。
楽しみだぜ、お前のアタックを見せつけてやれ、他の選手は対応できないはずだ。こっちは準備完了。いつでも来い。
そう思っていても、鶴カンの登りで追い抜いていくムサシの加速は強烈だった。おいおい、俺までチギるつもりかよ。俺は嬉しくなってしまう。この鶴カンの登りで加速して追走するのはなかなか堪える。予想してるからそのアタックに反応できる訳で、他の選手は俺達についてこられない。そこから下って、古賀志林道を登り切るまでが勝負だ。そこで後続の追走を諦めさせるくらいに差を開けば、俺達は勝てる。
ムサシのリヤタイヤに文字通り食らいついて、鶴カンの登りをクリアした。そこから、スタート・ゴール地点へ向かう下りをかっ飛ばす。路面はウェットだけど、俺たちには慣れている安心感がある。スタート・ゴール地点の声援を受けて高速コーナーを抜け、赤川ダム湖脇を抜けていく。スタート・ゴール地点からは、平地と言えば平地だけど、小さい登りやコーナーが続いて後続からの視界から消えることができる。追う方にとっては、見えない相手を追走するのは難しい。
「輪太郎、調子に乗って引き過ぎるなよ」
ムサシが声をかけてくる。何言ってんだよ。今だよ、今。ここで差をつけることができれば勝てる。他の選手が牽制してる間に差を広げるんだ。
「うるせえ、ムサシこそ登りで張り切り過ぎてゴールまでにバテるなよ」
ムサシも2周目の山岳賞狙って張り切りすぎるなよ。
そうは言っても俺は張り切るからな、今日になってちょっと作戦変更だ。ここで頑張らせてもらうぜ。
第102話に続く