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君の微笑と僕の戸惑い  作者: 英雄
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「そ、それでどうしたんだ……?」


 カラカラに乾いた喉へ、コップに残った氷を流し込んだ明斗は身を乗り出すように尋ねる。

 目の前の人物が何だか見知った友とは別人のように見えて仕方がなかった。

 唯人は少し疲れた顔をして小さなため息をつく。アイスティーのストローを咥えた唇がやけに

艶やかで一瞬ドキリとした。


「どうしたもこうしたも、さっき言っただろ?女だったって。だからその通りにすることにした」


 柔らかそうな唇をとがらせて、ぶっきらぼうに言った少女の瞳は揺れていた。


「……女として生きるってこと?」


 明斗が恐る恐る尋ねると、唯人はコクリと頷いた。


「学校はどうするんだよ?」


 条件反射のように訊く。当然だろう、なにしろ二人の通う高校は男子校である。


「転校する」


「どこに?」


「いとこが通っているところ……だから引っ越すんだ」


「いつ?」


「……あさって」


「!!」


 明斗は思わず立ち上がる。ガタンと音を立てて椅子が倒れた。

 ぎょっとした店内の視線が集まるが明斗は意に介さない。


「なんで……もっと早く言わないんだよ」


 怒鳴りつけたい衝動に駆られつつも、連絡をしなかった咎は自分にもあるのだと明斗は噛み殺す。


「……ごめん」


 見れば唯人は肩を落として俯いていた。

 さぞや言い出しにくかったことだろうが、一応親友を自認する身としては、もっと早く相談なり

告白なりをしてほしかったと思う。

 しばし見下ろした体勢のまま心は途方にくれてため息をこぼした。


「まぁ、このところ連絡しなかったは俺もだからな」


 ゆっくりと腰を下ろし、努めて柔らかく言うと唯人は驚いたような顔を上げた。


「……怒らないの?」


「怒った。けど怒っても仕方ないし、俺だって同じ状況になったら言いづらい……だろ?」


「う、うん」


「他にこの話をしたのは?」


「……明斗だけだよ」


「そうか」


 二人の間に沈黙が流れる。

 明斗にしてみれば、これまでずっと同性でありながら、異性のように想い続けてきた親友が実は女性であったという事実の告白と、突然の別離という宣告に、顔には出さないが内心穏やかではなかった。 

 もちろん唯人が女の子だというのは大歓迎であるし、むしろ「やっぱり」という思いが強い。

 なぜなら夏のデート(?)で感じた柔らかさや華奢な感じとそして、昂ぶりを覚えた香りが明斗の心を捉えて離さなかったからである。

 そして、だからこそ転校して離れてしまうことが何ともやるせなかった。

 どうにかして繋ぎとめておきたい。しかし、そのためにかけるべき言葉が見つからずにいた。

 唯人はそんな明斗の表情を窺うようにしていたが、不意に立ち上がる。


「どうした?」


「……トイレ」


 問いかければ短い答えが返ってきた。


「やっぱり……いや、いい」


「……」


 女性用に入るのかと訊こうとして、愚問だったと思い直す。唯人も明斗が言わんとしたことがわかったようで、じろっと睨み返すと黙ったまま化粧室の方に向かった。


「……はぁ」


 後ろ姿がドアの向こうに消えて、明斗はひとつため息をついたのだった。



・・・・・・・・・・



 カフェを出ると時刻はもう15時近くになっていた。

 買い物は済んでいることから、なんとなく二人並んで駅へ向かう。その道すがらで明斗は口を開いた。


「なぁ、唯人」


「なに?」


「転校するって、近くじゃダメなのか?」


 唯人は立ち止まり明斗を見上げると、ぽつりとダメだと答える。


「なぜ?」


「だって近くの学校だと、誰かしら中学の同級生とか下級生とかいるだろ?そこへ女として編入するのは……ちょっとね」


 恥ずかしいよと呟いてまた歩き出そうとする、その腕をつかんだ。

 とっさの行動に力加減を間違えたのだろう、痛みに唯人が顔をしかめる。


「なんだよ」


「転校なんて……するなよ」


「な、何言って……」


「引っ越すなんて、言うなよ」


「……」


 明斗の真剣な顔に唯人が振りほどこうとした腕の力を抜くと、明斗はいきなり唯人のことを抱きしめた。


「!!」


 突然の出来事に唯人はただ驚くばかりだったが、衝撃を受けたのは明斗も同じだった。

 衝動的に抱き寄せたものの、それからどうすればいいのかと一瞬だけ逡巡した。

 そして、やはり今までずっと言いたくても言えなかったことを伝えようと決心する。


「好きだ……ずっと好きだった、おまえのこと」


「……!!」


 明斗の告白に腕の中の少女がピタリと動きを止めた。そして俯いていた顔を恐る恐る上げる。


「……まじ?」


 わなわなと震える唇から発せられた問いに明斗は頷く。そして初めて逢ったときからずっと好きだったと言った。

 最初は女の子だと思ってひと目惚れし、同性だと言われてからも密かに焦がれてきた。

 自分は同性愛嗜好なのかと悩みもしたが、そういった類の写真や本などには嫌悪感を覚えたし、女性の身体を見て興奮することからそうではなさそうだとは思っていた。

 ただ唯人のことが好きなだけなのだと自分に言い聞かせてきた。

 でも、それが間違いでなかったことがわかった。

 明斗は言葉に悦びを滲ませて切々と語り、腕に力を込める。


「なぁ、頼むよ……」


 離したくない。そう搾り出すように言うと、明斗はもう一度唯人をぎゅっと抱きしめた。



「……なぁ」


 抱きしめた背中に回した腕に汗を感じたところで、胸の中でくぐもった声が聞こえた。

 拘束する力を緩めれば、胸元で細腕を交差するようにした格好のまま唯人が見上げてくる。

 身長差があるため上目遣いになり、汗ばんで頬に張りついた髪にドキリとする。


「な、なんだ」


 うろたえながら返事をすれば、少女はぷいと視線をそらす。


「明斗さぁ……カノジョ作らなかったのって、そういうこと?」


「えっ?」


 問い返せばまた視線が交錯する。


「あ、ああ……ウン」


 質問の意味に気づくまでちょっと時間がかかったけれど、明斗は頷いた。


「ばか……だなぁ」


 ぼそりと唯人が呟く。


「心配していたのが、ばかみたいだ」


 ため息をついて、両手で明斗の胸板を押し返す。腕の拘束を逃れてもう一度向きなおした。

 明斗の気持ちにまったく気づかなかったかと言われれば、それは嘘になる。

 恋愛ごとに聡い方ではないが、人並みに好意、悪意を感じることは出来る。

 そして知り合って4年になる親友のそれに友情以外のものが含まれていたことも。

 しかし自分も男性であると自認していた以上、その気持ちは受け容れがたいものでもあった。

 そう、時おり胸を高鳴らせたことがあったとしても。


「悪かったな」


 むすっとした声に顔を上げると、ばつの悪そうな顔をした明斗が立ち尽くしていた。

 鍛え上げた肉体に不釣合いなほど甘いマスクが今は不機嫌そうな、不安そうな表情を向けていた。

 ふだんは軽口をたたき合うくせに、不意に見せる弱気なところにグラリとくる。

 そしてたまに、壊れ物のように女の子扱いされることも嫌いではなかった。口ではイヤだと言ったとしても。

 唯人の脳裏にひと月前のあの一日のことがよぎる。

 そして思い出されるのは、先ほども感じた明斗の胸の香りと、初めて「女として」告白された時の、健の強い眼差しだった。


「悪くは、ないけど」


 今度は唯人が俯いて言葉を探す番だった。


「で、でもさ……なんでおれがいいわけ?おれ、中途半端な女のなりそこないだよ?」


「それ……自分で言うか?」


「だって事実だもん」


 下唇を噛むように応えれば、そんなことはないと明斗が言う。


「手術をすれば、ちゃんとした身体になるんだろ?問題ないし、おまえより男みたいな女は星の数ほどいるさ」


「むう……」


「そもそもおれは、おまえが男でもいいって思っていたくらいだから」


「それは、いろいろ問題な発言だよ」


「む、まぁそうだな……で、さっきの話だけど」


「う……その、明斗の気持ちはわかったけど、やっぱり引越しは取りやめに出来ないよ」


 期待するような視線に目をそらして言うと、あからさまに落胆の色が見えた。


「……そうか」


「で、でも……引っ越すって言っても隣の県だし、会おうと思えば会えるよ?」


「毎日は逢えないだろ」


「そりゃそうだけどさ……」


 明斗の駄々っ子のような言葉に困った唯人が口ごもると、明斗ははっとしたように態度を変えた。


「スマン、おまえが女だってわかって浮かれてたかもしれない……引越しと転校のことは残念だけど、決まったことなら仕方ないよな。でもひとつ、頼みを聞いてくれるか?」


「……なに?」


「俺の、彼女になってくれ」




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