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君の微笑と僕の戸惑い  作者: 英雄
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3


 まだ午前中だというのに、夏の日差しは容赦なく照りつけて、じりじりと気温を上げていく。

 駐車場の入り口に並ぶ車列や、駅から流れ込んでくる人の波を眺めながら、二人の青年は巨大なテーマパークの門前に立っていた。

 約束の時間にはまだ少し余裕があるが、二人がこの場にたどり着いたのはさらに前である。

 並んだ二人はともに身長が180センチ程度あり、身体を鍛え上げている様子がシャツの上からも窺うことができた。

 また容姿もそれぞれ整った造詣をしていて、片方は茶色く染めた髪と白系のポロシャツが似合う甘いマスクをしており、男性アイドルユニットのメンバーと言われても違和感はないだろう。

 もう一人はやや彫りの深い目鼻立ちに天然パーマの黒髪が似合い、サッカーチームのレプリカシャツを着ている。

 こちらはビルドアップして日焼けした上半身と相まって、ヒップホップ系グループのダンサーのようでもあったから、そんな二人が並んで立っていればそれなりに目立つ。

 道行く入場者たちはそんな彼らに少なくない視線を送っていた。

 手に持った、駅前のコーヒーショップで買ったLサイズのアイスコーヒーは既に氷だけになり、その溶け出した冷水を啜って顔をしかめた。


「なあ明斗」


 並んだ二人のうち、黒髪のほうが声をかける。


「ん?」


「本当に来るのか?」


「来るよ、まだ時間あるだろ」


 訝しむ言葉に、明斗は腕時計を指して答える。そもそも早めに行こうと言い出したのはお前だろう、と加えて。


「まあそうだけどよ、普通は約束したら時間より前に来るだろ?」


「いや、時間に合わせてくれば十分だろ。べつに急いでいるわけでもないんだし」


「そりゃ、そうだけど……」


 実は来る前から不機嫌な黒髪の青年は、まだ何かを言い足そうとして


「お待たせ!」


 という声に遮られた。


「おっ、来た来た!」


 明斗と向き合っていた背後から、かけられた言葉におそるおそる振り返る、するとそこには明斗の姉である美鈴ともう一人、美鈴よりも小柄な少女が立っていた。


「おー健くん、また背伸びた?相変わらずムキムキだね」


 気楽な様子で歩み寄る美鈴と、その後ろに立って所在無げにする少女を順に見て、そこから視線を動かせなくなった。

 細身の身体をデニム地のノースリーブのワンピースで包み、華奢な肩にはレースをあしらった七分丈のカーディガンを羽織っている。

 肩にかかる髪は自然に流し、帽子はつばの狭い麦わらに向日葵のコサージュがついていて、少しだけ日焼けした少女の雰囲気によく合っている。

 細く長い足元には、ワンピースと同じ生地のストラップのサンダルを履いているが、少し高めのヒールに慣れないぎこちなさが立っているだけでも窺えた。

 そして何より、目を奪われるのはその容貌だろう。

 大きな瞳とそれを縁取る長い睫、弓形の眉とまっすぐな鼻梁、柔らかそうなピンク色の唇が理想的に配置されたその顔は、緊張でこわばっていても見惚れるほどに美しかった。


「ゆ、唯……似合ってるな」


 傍らで明斗がその少女に声をかけると、恥ずかしそうに身をよじる。


「あ……ありがと」


 応える声は子猫のように可憐で、少し震える声音は初々しい。


「え……っと、とりあえず紹介な。このでかくて硬そうな天パー野郎が俺のいとこの健だ」


「は、はじめまして、や、やま……山岸 健です」


 唐突に明斗が少女に向かって紹介したので、健はとっさに姿勢を正して名乗り、そしてどもった。


「し……篠崎 唯です」


 少女もおずおずと名乗り、ペコリと頭を下げる。

 顔を上げると身じろぎもせずに、まっすぐ自分を見つめる健の姿があり、その傍らには同じような表情で同じような姿勢のまま立ち尽くす友人がいる。

 正直なところ二人とも高身長で体格もいい、おまけにそれなりに眉目秀麗な青年である、そんな二人に凝視されて唯人は困惑してしまう。


「え、えっと……どうした……んですか?」


 いたたまれなくなり声をかけると、二人ははっとした様子で視線を逸らす。


「お、おい明斗!」


 健が赤くなった顔を明斗に向けて、呼びかけた。


「なんだよ」


「これ……彼女なんてウソだろ!」


 強い調子で言い放たれた言葉に、唯人はビクリと肩を震わせる。


「な、なんでそう思うのかなぁ?」


 明斗と美鈴も一瞬、固まったがすぐに気を取り直して尋ねた。

 すると健はため息をついて、言った。


「だって明斗にこんな可愛い彼女が出来るわけ、ないだろ」と。




・・・・・・・・・・




「やっぱりここも混んでるな」


 店の入り口に置かれた記名表に記入をしてから明斗が呟いた。


「しょうがないよ、ちょうどお昼時だし」


 傍らで唯人が小さく肩をすくめると、美鈴が二人ずつに分かれてもいいと言い出した。

 四人は今、パーク内のカフェに来ている。

 ここにたどり着くまでも何件かのレストランなどに立ち寄ったのだが、どこも長蛇の列で中に入ることすら出来なかったことを考えれば、冷房の効いた店内の待ち合いスペースにいられるだけでも僥倖だと言えるだろう。

 午前中は人気のジェットコースターやパークキャラクターのアトラクションなどを回って歩いた。

 園内は混雑しており待ち時間もそれなりにあったが、明斗と美鈴がよくしゃべり、健と唯人が相づちを打つという流れで飽きることなく時間を過ごすことができた。

 待ち始めてから十五分ほどで店員がやって来ると、2名ずつの席なら空いたという。四人は先ほどの美鈴の言葉に従って明斗と唯人、美鈴と健で分かれて座ることにした。



「それにしても」


 席につくなり口を開いた明斗に視線を向けると、やけに爽やかな笑顔があった。

 他の二人とは離れた席になったため、会話を聞かれることはない。


「ん?」


 メニューを開こうとして、唯人は小首をかしげる。


「美鈴姉に言われてはいたけど、こうして見るとホントお前……可愛いな」


「んなっ!……」


 ストレートな言葉に、唯人は全身が一気に熱くなるのを感じた。おそらく顔も真っ赤だろう。見られるのが恥ずかしくて俯いてしまう。

 実のところ唯人自身もこの格好は可愛らしいと思っている。男である自分が女装をして歩いているというのは情けなくなるが、美鈴が作ってくれた”篠崎 唯”という少女を演じていると思えば抵抗感は薄れる。

 何より、これまで忌み嫌っていた自分の容姿が”女性”を装うだけでまったく逆転してしまうことに密かな快感を覚えていた。もちろんそれを口にすることはないが。


「な、何を言ってるんだよ、気持ち悪い……」


 そしてそんな気持ちを見透かされたような気がして、唯人は明斗と目を合わせることができなかった。


「いや本当だって、真面目に今日ここに来ている女の子はたくさんいるけど、ダントツだと思う」


「お、女の子じゃない……」


 思わず上目遣いに睨むと、先ほどまでとは違い真面目な顔の明斗がいた。その表情の変化にドキリとする。


「今日は女の子だろ、そして俺の彼女だ」


 普段より少し低めの声でそう言い切ると、明斗は唯にありがとうと言った。


「無理やりお願いしちゃったからさ、これでも悪いと思ってるんだ」


「そ、そんなこと今さら……いいよ……約束したんだし」


 どぎまぎする鼓動を悟られはしないかと要らぬ心配をしつつ、唯人はわざとぶっきらぼうに応えた。

 それからメニューを明斗のほうに向けて見せると、何を食べるのかと訊く。


「ユイは、何にする?」


 メニューを覗き込みながら明斗は訪ね返す。


「…………」


 だが唯人はジト目で明斗を睨んだ。


「ん?どうした」


「呼び方……今は二人だろ」


 ふてくされたような顔を作ると、それを見た明斗がまたフッと笑う。


「さっきも言っただろ、今日は俺の彼女だって。だから呼び方もちゃんとそうしなくちゃ……

それに、いつ二人がこっちに来るかもしれないだろう?」


「そ、そうだけどさ……」


 自信たっぷりに言い切る明斗に、若干引きながらも言い返せないのがもどかしい。しかも言っていることはそれなりに筋が通っているのが余計に癪にさわる。とはいえ、あまり言い争っていても仕方がないだろう。

 ため息をつくと明斗がまた、何を食べるのかと尋ねてきたので唯人はメニューを指差した。


「……スパゲッティにする、クリームのやつ」


「オッケー、じゃあ俺もミートソースの大盛りとミックスピザにするかな」


「大盛りパスタにピザって……食べすぎじゃない?」


 明斗の言葉に唯人は目を丸くする。


「そうか?ふつーだろ」


「普通じゃないよ、どんな胃袋してるんだ……」


「お前細いからな。食べないと大きくなれないぞ?」


「……ほっとけ」


「ははは、じゃあピザを少しやるよ」


「いらん」


 明斗は笑いながらメニュー表をたたむと店員を呼んで、二人分の注文を告げた。



・・・・・・・・・・



「ふう食べた食べた、なかなか旨かったな」


 大盛りのミートソーススパゲッティとピザをあっという間に平らげた明斗は、グラスに残っていた水を氷ごと飲み干して、向かいに座る少女に笑いかけた。


「明斗食べるの早すぎ」


 長くなったの髪をかき上げながらパスタと格闘していた唯人は、そんな明斗を恨めしそうに睨む。


「だって麺は熱いうちに食べないと旨くないだろ?」


「そりゃそうだけど……はぁ、このお店けっこう量多くない?」


 まだ半分くらい残ったパスタに嘆息すると、唯人はフォークを下ろす。


「そうかな?……食べれないのか?味がイマイチとか?」


「う、ううん美味しいよ、とても」


「じゃあなんで食べないんだよ」


「いや、食べてるけど……ちょっと多いかなって。普段ならこれくらいでも何とか食べきれると思うんだけど……」


「どこか調子悪いのか?」


 肩を落とす唯人に、明斗は心配そうに顔色を窺う。


「たぶん緊張してるからかな……ちょっとお腹も痛いというか重いというか……あ、でもちょっとだけだよ!大丈夫!」

 大きな身体を折り曲げて、俯いた唯人の顔を下から覗き上げる明斗の顔は迷子の子どものように見えて、唯人は慌てて大事ないと加えた。


「そ、そうだ……そんなわけでさ明斗、よかったら少し手伝ってよ。残すの悪いし……食べかけで嫌じゃなかったら」


「あ……ああいいよ」


 唯人の言葉に頷くと明斗は自分のフォークを唯人の皿に向けて突き刺すと、瞬く間に消し去って見せた。



「そういえばさ……」


「ん?」


 食後に頼んでいたコーヒーにミルクと砂糖を溶かしながら、唯人がためらいがちに口を開く。

 ちなみにデザートは頼まなかった。パンフレットで見つけた他の店に、おやつ時に行こうと決めているからだ。


「いとこの……えっと……」


「健のこと?」


「あ、そうそう健くんだっけ」


「健がどうかしたのか?」


 明斗はブラックのままのカップに口をつけて、尋ねる。


「うん、明斗もそうだけどさ……なんで彼女いないわけ?」


「……ぶっく!」


 恐る恐る訊かれた言葉に、明斗は思わずコーヒーを吹き出した。


「あ、ご、ごめん……」


 むせて咳きこむ明斗に、思わず唯人がポーチからハンカチを取り出して、茶色く濡れた彼の手や頬を拭う。

 するとふわり甘い香りがして、ハンカチとそれを持つ手の匂いだと気づく。


「い、いや大丈夫だけど……なんだよ藪から棒に」


 明斗は不意に高鳴った胸の鼓動を抑えたくて、咳払いをしてみる。唯人ははっとしたように眼を逸らしてぼそぼそと話を続けた。


「だ、だってさ、不公平だよ」


「フコウヘイ?」


 唯人の言葉に明斗の頭上にはクエスチョンマークがいくつも浮かび上がる。

 オウム返しに訊くと唯人は、食後でカラーリップが落ちているのに艶やかで柔らかそうな唇を尖らせる。


「明斗も健……くんも、背も高くて体格良くて顔もいいのに彼女がいないって言うけどさ、それってただの我がままだと思う」


「……」


「よく考えたら二人とも、もう何人も告白されているんじゃん?でも今はフリーっていうのはさ、そういうのをみんな断っているってことだろ?」


「……まぁ、そうだな」


 人差し指を鼻先にビシりと突きつけられて、明斗はぎこちなく頷いた。


「それなのにさ、おれなんか今こうして女装して……男から告白されたことはあっても、女の子からモテたことはないわけで……」


「えっ、男にコクられたって噂……あれホントだったのか?」


 明斗が驚きの声を上げて、唯人はあっと小さな悲鳴を上げ息をのむ。

 気まずい空気がテーブルを支配する。

 それから二人は、美鈴が声をかけてくるまで動くが出来なかったのだった。

 




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