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君の微笑と僕の戸惑い  作者: 英雄
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 帰りのホームルームが終わり、図書室でいつものように亜紀と待ち合わせると二人で昇降口に向かった。

 唯も亜紀も部活動に所属していないため、普段は一緒に登下校をしている。

 待ち合わせ場所が図書室なのは、二人の学年が違うために下校時刻がずれることがあるためだ。

 最初のうちはどちらか早いほうがもう一人の教室前まで行って待つことにしたのだが、それだと互いに目立ってしまうため、色々と試行錯誤の果てに現在の場所に落ち着いたのである。

 ただ最初の頃にそれぞれのクラス前へ出没したせいで、二人が超のつく美人従姉妹ということは、いつの間にか学園内で有名な話のひとつになっていた。

 また健は亜紀の隣のクラスのため、後になって思えばよく鉢合わせしなかったものだと唯は思った。


 図書室のドアを開けて中を窺えば、亜紀はまだ来ていないようだった。

 静かに閉めてカウンターへ向かうと、すっかり顔なじみになった司書の女性が声をかけてきた。


「あら篠崎さん、まだ来ていないわよ」


「ありがとうございます、今日も待たせてもらいます」


 大概は亜紀の方が遅れてやって来るため、このやりとりもおなじみになっている。

 唯は誰も座っていないテーブルを選んでカバンを置くと、慣れた足取りで書棚の間に入っていく。

 程なくして一冊の本を持って戻り、席についてその本を読み始める。

 二十年以上前に完結しているその物語は全三十巻で、作者は既に鬼籍に入っていた。

 古典的スペースオペラを舞台に一人の少年が恋や試練、闘いや別れを経て成長していくストーリーは、近年の物語に多く見られるようなチートや特殊スキルといったものはなく、唯の目にはかえって新鮮なものに映った。

 この物語を薦めてきたのは健で、彼は彼の叔父に教わったのだと言っていた。

 最初は本のタイトルを聞いて、書店で探したのだが見つからず、ネット注文をしようとしていたところ、この図書館で発見したのである。

 いま唯が手にしているのはまだ一巻目だが、すでに三分の二ほどは読破していた。

 借りて自宅で読むことを考えはしたものの、毎日十分から三十分程度の待ち時間はあるので、その時の楽しみにと取ってある。

 それに読書をしている限りは周りから声をかけられずに済むのもありがたかった。


「おまたせ、唯ちゃん。待った?」


 しばらくして亜紀が唯の元にやってきた。

 唯は読むことに夢中で、亜紀が図書室に入ってきたことに気づいていなかった。


「ううん、本を読んでいたし大丈夫だよ」


「今日もその本なんだ……面白いの、それ?」


 唯が閉じた本のタイトルを見て亜紀は尋ねる。

 亜紀にしてみれば古めかしいイラストが表紙の、少年向けSF小説にしか見えなかったからだ。


「うん、けっこう面白いよ。亜紀ちゃんも読んでみる?」


「私はいいや……それにしても、やっぱりそういうところは男の子っぽいよね、相変わらず」


「そういうところ?」


 本を返すために立ち上がり、唯は首をかしげた。


「本の趣味とか、好きなドラマとかだよ。見た目に反してアクション好きだもんね。この前も何とかコマンドーって映画が

見てみたいって言ってたし」


「いやアクション好きというか……何というか、憧れ?」


「なに唯ちゃん、ああいうムキムキなのが好みなの?」


 亜紀がからかうように言えば、まわりが一瞬だけざわついた。

 そこで唯と亜紀は、周囲にいる何人もが読書のふりをして二人の会話に耳をそばだてていたことに気づく。


「ち、違うからっ!昔はもっと強くなりたい、男らしくなりたいって思ってたから……」


 声をひそめて唯は抗議して、亜紀も両手を合わせて詫びを入れつつ舌を出して肩をすくめた。

 二人は司書にあいさつをして図書室を出ると、まっすぐに駅へと向かった。


「そういえば貧血で倒れたって聞いたけど、大丈夫?」


 やってきた電車に乗り、空いていた座席に並んで座ると不意に亜紀が訊いてきた。


「うん、貧血というより頭痛で保健室に行ったんだよ」


「朝からきつそうだったもんね、休めば良かったのに」


「……次はそうする」


「ところで明日は土曜日だけど、帰りはどうする?私は慧太と映画を見にいこうと思ってるんだけど」


 唯が神妙に頷いたところで亜紀は話題を変えた。

 慧太というのは亜紀の同級生で、卓球部に所属している恋人だった。

 部活がない日は駅までの帰路を一緒に向かうことがあり、唯も面識はある。


「私は明斗と会う約束をしているから大丈夫だよ」


 唯は二人のデートを邪魔するのは気まずいと、自分も予定を告げた。

 すると亜紀は「えっ」と声を上げる。


「明斗って、前の学校の同級生だよね?」


 亜紀の問いに、唯はコクリと頷いた。

 すると亜紀は真顔になって「大丈夫なの?」と、いくぶん強い口調で訊いてくる。


「なにが?」


「なにって、明斗って唯ちゃんが女の子だってわかったら、いきなり告白してきた人でしょ?」


「……そ、そうだけど?」


「はぁ、ユイちゃん……自覚が無さすぎるよ」


 遠慮のない言葉に怯みながら応えれば、亜紀はため息をついた。

 亜紀には昨夏のことを話してあった。だから健とのことも明斗のことも知っている。

 唯は先日の健からの二度目の告白と、明斗へ電話をしたいきさつも含めて説明した。

 自分の心のありように惑い、どうしたらいいのかわからなくなっている現状を吐露すると、亜紀のため息はいっそう深くなった。

 

「ユイちゃんは、その明斗って人とつき合いたいの?」


「えっ?」


「だってそうでしょ?告白されけど断った相手に、自分から会いに行くんだよ?きっと向こうもそう思ってる」


「そ、そうかな……」


「そうだよ。だから、本当に会うなら覚悟しないと」


「覚悟……」


 大人びた従姉妹の言葉に、唯は自問するように呟く。

 その様子を横目で見ていた亜紀は少し考えて、もう一度尋ねた。


「ちなみに唯ちゃんは、本当はその明斗くんと健くんのどちらが好いって思っているの?」


「え、えっ?」


 健の名前が出た瞬間に、唯の頬は信号が変わるみたいに朱に染まる。


「ふうん、わかりやすいね」  


「あ、亜紀ちゃん?」


 明らかにうろたえた唯の様子にふっと笑みを浮かべた亜紀は、しかしすぐに真顔になって口を開く。


「唯ちゃんの複雑な心境はわからないでもないけど、もっと自分のことをちゃんと評価したほうがいいよ。

その上で、二人の男の子が真剣に告白してきたことに応える責任はあると思う」


「……うん」


「でもね、忠告はしておくけど、たとえ前は仲が良かったとは言っても、二人きりで人気の無いところには行ってはダメだからね。

元は男同士だからって身体を触ろうとしてきたりとかも注意しないと」


「そ、それは大丈夫じゃない?」


「……大丈夫ならいいけどね」


 駅に向かうはずが、いつの間にか立ち話になっていたことに気づいて、亜紀はそう言うと再び歩き出した。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 明斗との待ち合わせは、学校と自宅のどちらの最寄でもない、地域で一番大きな駅にすることにした。

 大きな駅ビルがあって飲食店なども多く、昼食をとりながら久しぶりの再会を過ごすには良い選択だと思ったからである。

 また明斗にとっても、乗り換えなどの連結が良くて好都合な場所のはずだった。


「やあ、待った?」


 改札を抜けて、その先にある開けたスペースに向かえば、目的の人物はすぐに見つかる。

 それは目を凝らして当人を探すというよりは、周りの人たち、特に同年代の女子たちの視線を辿っていけばいい。

 同じ場所で待ち合わせをしているのだろう、四人組の女子高校生グループがチラチラと窺う先を見れば、そこには壁に寄りかかる

ようにして、片手に文庫本を開く明斗の姿があった。


「いや、こっちも少し前に着いたところだ」


 まっすぐに近づいて声をかければ、明斗は萌黄色のカバーを閉じて向き直る。

 そのブックカバーは二人がかつて通っていた高校近くにある、古びた書店のものだった。

 周囲からいくつもため息が聞こえるが、いつものことだと気にせず笑いかけると、明斗はわずかに驚きを浮かべて目を見開いた。


「おまえ……」


「ん?」


 じっと見つめられる圧力に耐えかねて、思わず自分の格好を見返してしまう。だが、制服のボタンを留めていないとか、

靴下がずり落ちているとかいったことはない。

 どうしたの?と見上げるように目で訴えれば、明斗は苦しげな表情を浮かべて、何やらボソリと呟いた。


「え、なに?」


「可愛いな、やっぱり。制服も似合ってる」


「んなっ!?」


 問い返せば素直な言葉を告げられて、かっと顔面に熱が集まる。

 しかし言った本人は全然恥ずかしがらないのは、どうしてだろうと唯は思った。

 ちなみに唯の格好は要望通り、というよりも時間的制約によって制服のまま、いつもの伊達眼鏡を外していた。

 また昼食を外で食べることになる都合上、明斗と会うことを母の美琴に話したら、スカートを折って短くするように勧められたのには困ってしまった。

 亜紀からは注意するように言われ美琴には「頑張って」の言葉をもらい、一体どちらの声を聞けばいいのかと惑いつつも、結局はそこまでサービス(?)をする必要はないと思い、丈はそのままにしてある。

 赤くなった顔をそのままに明斗へ恨めしげな視線を送るが、当人はにこやかにさわやかに見つめ返してくるばかりである。


「あ、でもさ」


 不意に笑顔を素に戻した明斗は、唯の顔をまじまじと覗き込むように顔を近づける。

 そして本を持っていない方の手で優しく唯の頬に触れた。

 そのまま、こめかみから顎にかけてそっと撫でると、少し顔色が悪いなと呟く。


「調子悪いのか?」


「……ううん、大丈夫だよ」


 心配そうな声色に唯は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべるが、すぐに笑顔になって首を振る。

 頭痛と貧血の峠は越えていたものの、まだ余韻が残っているのか、急に立ち上がったり顔の向きを変えたりすると目が回ることはあった。

 それでも日常生活を送る上では、十分に回復していると思ったので、明斗との約束を断ることはしなかったのである。


「そうか、ならいいんだけど。もし調子悪いなら言えよ?」


 明斗はそう言いながら、さりげなく唯の手から鞄を奪うと、足元に置いていた自分の荷物と一緒に肩がけにする。 


「あっ……うん、ありがと」 


 さらりと鞄を持っていかれた唯は声を上げかけたものの、取り返そうとはしなかった。


「さてと、じゃあまずは昼だよな。どこにする?」


「どこでも明斗の好きなところでいいよ、お店あまりよく知らないし」


「そうだな、俺も初めて来たから……まぁ、あまり動き回るのも疲れるから、何となく回って良さそうなところに入るか」


「うん」


 二人並んで歩き出す、そのやりとりは一年前と変わらないものだった。

 少なくとも当事者たちにとっては、であるが。

 歩き去る見目麗しい高校生カップルを見送ると、周りからは羨望と嫉妬、それから感嘆の入り混じったため息がこぼれ落ちた。


「なに……今の」


「ドラマか映画のワンシーンかと思った」


「なんか、ちょードキドキしたんだけど」


「わたしも、息止めてた」

 

 近くでその様子を目の当たりにした女子高校生たちが、口々に立ち去ったふたりのことを呟く。


「どこかでカメラが回っているとか?」


「いや、それはさすがに……」


「でもホント、彼氏は格好良くて優しそうだったし、女の子は……あんな可愛い子初めて見たよ」


「モデルとかタレントとか、ああいう感じなのかな。なんかオーラを感じた」


「まったくだね。ちなみにあの制服……友達が行ってるから、今度聞いてみよっと」


「えーなにそれ、いいなぁ」


「あー私もカレシ欲しいなぁ、あんなに格好良くなくてもいいからさあ」


「だねぇ」


「あ、あんたはいるでしょうが。リョウガくんに言っちゃうよ?」


「ええーっ勘弁してよぉ、言葉のあやって言うかさぁ、ただの相づちだよぉ」


「そうだよリョウガくんだって、さっきのイケメン君並に背高いじゃん?」


「まぁ、背だけはねぇ」


「あ、いいのかなぁーそんなこと言って」


「そーだよ、元々あんたのほうから告白してつき合ったんでしょ?」


「それはそうだけどぉ」


「まあまあ、二人がラブラブなのはわかってるからさ。うちらもお昼どこで食べる?」


 三人寄れば姦しいとは言ったもので、四人が一斉に口を開けば連射砲のような会話の応酬になっていく。

 やがてその話題は、これから向かうはずの雑貨屋のことや、どこそこのパスタ屋がおしゃれだの最近できた猫カフェに

行ってみたいだのと迷走しつつ、誰からともなく歩き出すのだった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 しばらく歩いて明斗と唯が入ったのは、駅ビル内の飲食店が並ぶ一画にあるイタリアンの店だった。

 年配の夫婦が切り盛りしているその店は、夜はアルコールも提供するのだろう。バーカウンターもあり、様々な種類のボトルが

並べられていた。

 高校生にとっては少し背伸びした店造りではあったものの、土曜の昼時ということで客層にはカップルや、制服姿も見ることができた。


「おしゃれで大人っぽいお店って、ちょっと気後れするね」


「そうか?あまり気にしたことないけど、まぁ慣れだろ」


「なんかその大人の階段上ったぜ。みたいな台詞ムカつくなぁ」


「うむ、今は俺の方が学年も一つ上だしな」


「むう……」


 二人は、以前と変わらないやりとりを交わしつつ、案内された席に向かい合って座る。

 しばらく会っていなかったとはいえ、間のとり方や、言いそうなことがお互いにわかる掛け合いは楽しかった。

 けれど言葉遊びをしつつも、やはりどことなく隔たりを感じずにはいられない。

 不意に昨日の亜紀とのやりとりが思い出されて、慌てて頭の隅に追いやるが、少なくとも男同士で連れ歩いていた頃の明斗は、

こんなに優しすぎなかったと唯は思った。

 妙に寂しくなった気持ちを出さないように笑顔を向けて、メニューを開く。


「明斗は何を食べる?お腹すいてる?」


「朝から練習だったから、結構減ってる。大盛りも出来るかな」


「午前中は部活だったんだ……あ、パスタ大盛りは200円って書いてあるよ」


「あ、じゃあそれにするわ。えーと、ミートソ……ボロネーゼな」


「ふふっ、じゃあ私は……カルボナーラだね、やっぱり」


「カルボナーラは変わらないんだな。こういう店でも」


「そうみたい」


 ひとつのメニューを二人で見比べて、他にも気になったものがあれば頼もうと明斗は言った。

 自分はたぶん、パスタだけで十分だと唯は応える。


「先に話……するか?」


 大盛りのボロネーゼと、多かったら俺が食べるからと明斗に言われてカルボナーラも大盛りに、そしてシーザーサラダを

オーダーすると、メニューに視線を落としたまま唐突に、呟くように明斗は言った。


「……ううん、後でいい」


 唯は小さく首を振った。



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