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君の微笑と僕の戸惑い  作者: 英雄
19/26

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 駅の改札方向へ消えていった二人を見送って、智也と拓海はどちらともなくため息をついた。

 そこへ、先に帰ったはずの仲間たちが、どこからともなく集まってくる。

 誰が言い出したわけでも、打ち合わせをしたわけでもなかったが、彼らは阿吽の呼吸で健と唯を

二人だけで駅の改札へと送り出すことに成功したのだった。


「行ったな」


「ああ」


「まさか『ひまわりの君』が本当にいるとは思わなかったよ」


 信じられないものを見た後の脱力感を隠さずに拓海は呟いた。


「そうか?俺は……会えるとは思っていなかったけどな」


 智也は肩をぐるぐると回す仕草をしてから、大きく伸びをする。

 他のメンバーたちも何人かは頷いた。


「それにしても、普段は女子にまったく興味ないって顔だったのに、あの子の前だと全然違うのな」


「あーそれは俺も思った」


「って言うか、あの子ホントに可愛かったな」


「あーそれも思った」


「ナンパ氏の気持ちわかったわ」


「ケンがメロメロになるのも仕方ないな」


「右に同じく」


「おまえ、右ハジじゃん」


「じゃ、左に同じで」


 皆が皆で好き勝手に言っているが、考えているのは、チームメイトである山岸健が昨年の夏から、

ずっと恋いこがれていた相手との邂逅の微笑ましさだった。

 もともと女子からの人気が抜群に高く、それでいて誰にでも優しい健は、これまで特定の相手と交際を

したことはなかった。

 どうして誰ともつき合わないのか。という問いは幾たびも重ねられていたが、「部活に集中したいから」という至極もっともらしい回答でこれまで返していた。

 しかし、それも終わろうとしているのかもしれないと彼らは感じていた。


「……だけどさ」


「ん?」


 一人がぼそりと、思いついたとばかりに口を開く。


「あの子がケンとつき合ったら、けっこう大変じゃない?キツくない?」


「どーゆうこと?」


「あーそうだな、高校編入組だし」


「ほとんどの女子を敵に回すかも」


「うへぇ……そんなに?」


「オンナの嫉妬は怖いからな、陰湿だっていうし」


「あの子、おとなしそうだったしな」


「机を汚されたりジャージ切られたり、靴に画鋲を入れられたりするんだろ」


「そりゃ、ひどい」


「……可哀相だな」


「なんでケンなんだ……」


「いや、ケンがあの子にゾッコンなのがいけないんだろ」


「だな」


「原因はケンだ、元凶だ」


 まだ何が始まったわけでも、何が起こったわけでもないのに、彼らの中には不特定多数の女子たちから

虐げられて泣き崩れる少女のイメージが出来ていた。

 実は彼らもいつの間にか、唯のどこか儚げな美しさに心が鷲づかみにされていたらしい。


「なあ」


「ん?」


「今日のことはとりあえず、俺らだけの秘密な」


「えー」


「せっかくケンメロ記念日なのに?」


「ぷ、なにソレ」


「だ・か・ら、それがダメなんだろうが」


「ちぇっ」


「でもさぁ、ケンのやつ案外鈍いから、明日にでもあの子の教室に押しかけそうじゃね?」


「「「「…………」」」」


 不意の一言に全員が沈黙する。


「……ありえるな」


「やりかねない……」


「いやいや、あいつには今夜電話しておくから!」


 皆が妙に納得してしまいそうな空気の中で、智也が我に返って宣言する。


「……ケンのやつ、またフラれないかな」


「だな」


「案外と、もうしょんぼり帰っているかもよ?」


「かもな」


 全員で顔を突きあわせて笑いあい、頷きあう。さすがチームメイトだけあって連携はばっちりである。

 智也はあとで首尾は聞くからと皆に告げて、その場を散会としたのだった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 いつもより少し遅くなった夕食と風呂を済ませた唯は、自分の部屋で今日受けた授業の復習をしていた。

 二階にある部屋は網戸の窓からそよそよと風が入って、まだ火照っている身体には心地よい。

 あらかたの内容を終えたあたりで階下から母が呼ぶ声が聞こえた。


「ユイちゃん、お茶飲まない?」


「うん、すぐ行くー」


 返事をしてノートと教科書をしまうと、唯は母の美琴が待つリビングルームへと下りた。

 リビングでは美琴と祖母の琴音がテレビを眺めながら唯を待っていた。

 猫の鈴は、四つある椅子のひとつの上で丸くなっている。


「勉強はもういいのかい?」


 唯が空いている椅子に座れば琴音から訊かれて、小さく頷いた。


「うん、もう一度習ったところだしね」


「それもそうね」


 唯は高校一年生の夏までは、わりと名のある進学校に通っており学力は高かった。

 休学してこちらに来てからも、亜紀が通っている進学塾に相談して学習は続けていたため、入学試験に困ることはなかったし、実のところを言えば高校1年生の内容はほとんど終えていたのである。

 美琴は自分と唯、そして祖母の三人分の湯呑みに濃いめの緑茶を注ぐと、頂き物だと言ってたい焼きをテーブルに出した。

 中身は小倉あん、クリーム、チョコの三種類らしい。

 しかし、大皿へ無造作に並べたために、見た目では判別が出来なくなっていた。


「チョコがいいんだけど……どれがどの味なの?」


「んー、割ってみればわかるわよ」


「……そだね」


 母の言葉に苦笑して、唯は手前にあったひとつを取り半分にしてみた。

 真ん中あたりで分けるつもりが、どういうわけか尻尾の先だけが取れてしまい、しかも中身はクリームだった。


「クリームだ」


「それ、ちょうだい」


「はいはい」


 美琴に言われて大きいほうを渡せば、琴音が割ったのはチョコだった。


「ところで、さっきの男の子カッコよかったわね」


「ぶっ……ゲホゲホッ!な、突然なにを!?」


 琴音からチョコを半分もらい、かぶりついたところで美琴が不意にこぼした言葉に唯はむせた。


「なにって、大学生3人に絡まれていたのを助けてくれて、しかも家まで送ってくれた王子さまでしょ?」


「あら、そうなの?」


「いいい、いやいや!なにその王子さまって!?助けてくれたのはホントだけど、明斗の従兄弟だからね?」


「ふうん?でも、家まで送るなんて普通はしないわよね。

 しかもけっこう親しげだったし、明斗くんの従兄弟って言うけど、同じ学校にいるなんて今まで言わなかったじゃない?

 亜紀ちゃんからも聞いたことはないわよ」


「そそ、それは……」


 美琴の鋭い質問に、唯はたい焼きどころではなくなって口ごもる。

 昨年夏のことは、明斗と出かけた以上のことを家族にも詳しくは話していない。

 なぜなら「唯人」であった自分が女装をして偽りのデートをしたことは、唯自身の中でまだ思い出に昇華されておらず、可能ならば忘れたい出来事のままなのである。


「まあまあ、美琴もそれくらいにしておきなさい。

 唯だってもう年頃なんだし、親に言いづらいことの一つや二つあるわよ。

 あなただって琢磨さんとつきあい始めた頃なんて」


「あ、ちょっとお母さん!それはもういいでしょ!!」


 なんと言っていいのかと、沈黙した唯に琴音が出した助け船は威力抜群だったらしい。

 母親の懐かしむような言葉を遮って、美琴は両手を二人の前でぶんぶんと振った。

 その仕草は少女じみていたが、美琴がやると可愛らしく思える。


「え、なにそれ?もしかして母さんと父さんの馴れ初め?」


 唯はちょっとだけいたずら心と、先ほどの意趣返しもあり尋ねる。


「そうよ、けっこう大変だったんだから」


「へえ……」


「ああもう……お母さんがいると調子狂っちゃう!」


 琴音がお茶を啜りながら、嘆息まじりに応えれば美琴は、顔を真っ赤にしてたい焼きに噛みついた。

 はむっという効果音がつきそうなその様子を横目で捉えつつ、「お母さん可愛い」と唯はまた思う。

 そして、美琴のような可愛らしさや琴音のような気高さと同じように、自分には何か他人にとって魅力的に映るものはあるのだろうかと考える。

 明斗と健の二人から恋の告白をされたものの、唯はまだそれが現実のものとして感じることが出来ずにいた。

 自分はおそらく、見た目は良い方だろう。

 母の美琴も父の琢磨も、ちょっと小綺麗にして歩けば誰も彼も振り返るほどの容姿である。その遺伝子を少なからず受け継いでいるため、客観的に見ても悪くはない……と自己分析している。

 自意識に対して実はかなりのオーバースペックなことには気づいていないのだが……。

 見た目が大事なのはわかる。唯自身、女性として生きることにしてからは、いかに女性らしく可愛らしくなれるかと考えて、立ち居振る舞いや服装も気をつけてきた。

 姿見の前に立った自分の姿を、この頃はちゃんと可愛いと思えるようにもなった。

 しかし、だからこそ明斗と健が自分のどこを見て、何を求めているのかがわからなくなっていた。


「ねえ、おばあちゃん」


「ん、なんだい?」


 美琴が急須にお湯を足すために立ち上がったところで、唯は琴音に声をかけた。


「おばあちゃんは、おじいちゃんとどうして一緒になったの?」


「そうね……私たちは家同士が決めた許嫁だったからね」


「許嫁……」


 琴音が小さく笑って応えると、唯は反芻するように口の中で呟いた。

 許嫁なんて昔話やテレビドラマの中のものだと思っていたが、身近にいたことに少し驚く。

 唯の記憶にある祖父はいつも笑顔で、祖母との仲は良かった。

 二人とも厳格なところはあったが、唯人をとても可愛がってくれたし、二人そろって色々な話をしてくれたことを覚えている。

 掛け合い漫才のような昔話や、祖父が好きだったマラソン、駅伝観戦の解説など、いつも一緒に笑っていた姿を思い出せば、そこに許嫁という一見古めかしい言葉のイメージがどうしても符号しなかった。


「許嫁と言っても、ドラマみたいに他に恋人がいたとか、好きじゃなかったなんてことはないわよ」


 物思う表情になった孫娘に、琴音は笑みを深くする。


「……うん」


「そうよ、おじいちゃんはおばあちゃんが大好きだったからね。亡くなる前も、おばあちゃんの卵焼きとお味噌汁が食べたいって駄々をこねてね。

 お医者さんには渋い顔されたけど、何度も病院に持って行ったわ」


 そこへ美琴が戻ってきて、三人の湯呑にお茶を足した。


「ふん、好きならあんなに早く逝かなきゃよかったのよ」


 美琴の言葉に琴音は少し不機嫌な顔をすると、湯呑を口元へ運びながらぼそりと呟いた。

 その寂しげな悪態に、祖母が時々焼く、少し茶色い卵焼きのことを思い浮かべる。

 たくさんの砂糖とハチミツ、醤油を少々という配分のそれは、強い甘みと醤油の辛みで独特の味わいがあった。

 生前の祖父は、よくその卵焼きを肴に晩酌をしていて、唯人がはじめてその味を知ったのも祖父の膝の上だった。


「そうそう、おばあちゃんが今も卵焼きを焼く日はね、決まっているのよ。知ってた?」


「えっ」


 唯と美琴は同じことを考えたのだろう、美琴はちょっといたずらっぽく笑って問いかける。

 疑問符を顔に貼り付けたままの娘に、その日は祖父の月命日だと明かす。


「これ、余計なことは言わなくていいの」


 祖母は娘である美琴をたしなめるが、まあまあといってたい焼きをまた一つすすめる。

 そんな二人のやりとりを端で眺めながら唯は湯呑に手を伸ばした。

 何気ない日常の中に潜んでいた事実に思い至り、祖母もまた祖父のことを「大好き」だったのだと唯は知ったのであった。






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