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君の微笑と僕の戸惑い  作者: 英雄
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 昼食後は1年生全員が体育館に集まり、生徒会主催の部活動、同好会の説明会が行われようとしていた。

 用意された椅子に、クラス単位で固まりつつも自由な配置で座り、開会のセレモニーの真っ最中である。


 唯は成美ともうひとり、成美の中学部からの友人である岩崎 萌と一緒に座っている。

 萌は切れ長な目が印象的な和風美人だが、三人の中で一番背が高く、172、3センチはあるだろう。

 手足が長くて線が細い印象を受けるが、中学部ではバスケットボール部のエースだったらしい。

 成美曰く、普段はおっとりしているがボールを持つと人が変わるとのこと。

 すでにバスケットボール部へ入部する意向を持っており、ここへは成美に誘われたのでやってきたようなものである。

 成美も女子サッカーのクラブチームに所属しているため、部活動には入らないと言っていた。

 同じように校外のクラブや団体で活動している生徒の中には、この説明会には参加してこない者もいたが、成美は「見るだけでも楽しいから」と唯や萌を引っ張るように連れてきていたのだった。


 部活動、同好会といういわゆる課外活動全般の説明が教師から話されて、全体的に眠くなってきたところでようやく各部の人間がステージに上がってきた。


「さて、最初は同好会からだよ!」


「「た、楽しそうだね……」」

 

 壇上の変化に目を輝かせた成美を見て、唯と萌はお互いの顔を見合わせた。

 最初は文化系らしく、漫画同好会、創作愛好会、鉄道同好会、映画評論会、アニメ愛好会、模型同好会といった会がそれぞれにコアな世界観を展開していく。

 中でも映画評論会がなぜか、ステージ上で色々な映画のワンシーンをごちゃまぜにしたパロディのような寸劇を披露したり、アニメ愛好会なのにちょっときわどい衣装でコスプレした女の子たちがポージングをしたりして、見ている側としてはそれぞれ「演劇部」と「コスプレ同好会」の間違いではないかと思う場面もあったが。

 とはいえ、どの会もそれぞれに趣向を凝らした紹介に、成美の言う楽しさが見出せた気がして唯は嬉しくなる。

 運動系はすべて部活動の括りになっているらしく、文化系の部活動の紹介を経ていよいよ運動部の順番がやってきた。

 すると、さっきまでゲラゲラと笑っていた成美が急におとなしくなった。


「……?」


 先ほどまでの大げさな身振りや、ステージには届かないツッコミの声がなりを潜めたことに気がついた。

 唯が傍らに視線を移せば、そこにはパンフレットをぎゅっと握りしめて、じっと座る少女がいた。


「な、ナミちゃん?」


「……」


「……ナミちゃん?」


「……へっ、あっ、どうしたの?」


 打って変わって真剣な眼差しをステージに向ける成美の変容に、慄きつつも声を掛けると、我に返ったらしく慌てて反応があった。


「いや、急に黙ったからどうしたのかなって」


「いや、えっと……その」


 唯が素朴な疑問を口にすれば、成美は言いよどむ。そこに解説を入れたのは、萌だった。


「それはね、もうすぐ憧れの健サマが出てくるから。だよね」


「え、あっ、ちょっ!それ違う、違うから!!」


「健サマ?」


 聞き慣れない固有名詞に首を傾げれば、おとなしいはずの萌がニヤリと笑う。

 なるほど、たしかに対人競技種目でエースを張れるタイプの人間かもしれないと唯は思った。

 そんな唯の感想を他所に、萌は成美の挙動不審について説明してくれた。


「この学校の運動部はね、バスケとサッカー、陸上と剣道が強いんだけど特に今のサッカー部は歴代最高だって言われてて、去年はほぼ一年生チームで県の新人大会優勝、全国でもベスト……いくつだったっけ?」


「16だよ、ベスト16まで残ったの!」


「へぇ……」


 唯にはそれがどれほどすごいのか、はたして想像もつかなかったが、全国という言葉には感嘆の声を上げないわけにはいかなかった。

 萌が言うには、その一年生チームが今年はそのまま二年生になり、今年こそ全国制覇も。というムードになっているらしい。

 また、そのメンバーたちがどういうわけか美男子……いわゆるイケメン揃いで多数のファンがつき、練習試合にまで追っかけ、出待ちが出没するほどなのだそうだ。

 そんなわけで今、ここに集まっている1年生も多くはそのサッカー部のレギュラー陣を間近で見たいと思っているはずだと言い、かくいう成美もそのうちの一人であるらしかった。


「その……健サマっていうのは?」


「部のエースストライカーだよ、もちろん2年生の一人ね。で、ナミちゃんは健サマにぞっこんなんだよね」


「……むう」


 話を振れば成美は顔を赤くして俯いてしまった。

 否定はしないことから、どうやら図星のようである。

 健サマというそのイケメン・エースストライカーは身長が183センチあり、彫の深いややワイルド系でチョイワルな容姿ながら、階段で重い荷物を持った老婆を助けたり、迷子の幼稚園児を交番に送り届けたりといった逸話?を持つヤサメンという話である。

 加えて、地元近県で有力な企業の御曹司でもあるらしいとも聞き、正直よくわからない人物なんだなぁと唯は思った。


「それで、そのサッカー部はあとどのくらいで出てくるの?」


「えっと……いま野球部だから次かな?」


「へぇ……良かったね、ナミちゃん」


「……う、うん」


 そんな会話を交わしていると野球部の説明が終わった。

 野球部のメンバーはポップなBGMをかけながら複数のボールでキャッチボールをしたり、バットの上でボールトスをしたりと、なかなか軽妙で巧いパフォーマンスを披露していた。

 だが次にサッカー部が控えているからか、観客の意識はそちらへ向いているようで哀れな印象が否めなかった。

 唯は萌の話を聞いても、それほどサッカー部がいいものかと懐疑的な気持ちが大きかった。

 しかしその思いはステージに、モスグリーンのユニフォームをまとった11人が現れた瞬間に裏切られることになる。


 

「「「「ウォオオオオオオオオッ!!!!」」」

「「「「キャアアアアアアアアッ!!!!」」」



 初めは地震でも起きたのかと思った。

 まるで壊れたラジカセのように、急激に立ち上がった怒号のような掛け声と、ホラー映画も真っ青な甲高い悲鳴の反響によって、たしかに体育館の壁が揺れた。それほどまでに高いテンションが、一瞬でこの場に生まれていた。

 驚いて立ち上がり周りを見回せば、先ほどまで俯いていたはずの成美は、立ち上がるどころか足裏にバネを付けたようにピョンピョンと飛び跳ねていた。

 反対を見れば、こちらも今まで冷静に解説していた萌も両手を上げて、ライブ会場にいるかのようにブンブンと振っていた。

 まわりが極度の興奮状態だと、かえって自分は冷静になるという言葉を思い出す。

 そして初めてステージ上にいる人物たちに目を向ける。

 壇上のユニフォーム姿のイレブンは、ゴールキーパーだけが黄色いシャツを着ている。

 そのキーパーはキャプテンらしく、ステージの袖あたりに立ってマイクを握り、その他のメンバーは両足を肩幅に開き、手は後ろ手に組んで立っていた。

 一列に横並びに立つその様子は堂々としており、たしかに全国区のチームの風格が垣間見えるようだった。

 キャプテンのマイクがステージの端から一人ずつ、メンバーを紹介していくとその度に黄色い声が上がり、熱気は増した。

 ポジションと名前を告げるだけの簡単な言葉に、ひとつひとつ反応する激しさに少しめまいを感じながらも、唯はその順番通りに視線を動かしていった。

 やがてそれがステージの中央部に差し掛かったところで、歓声がさらに大きくなる。


 誘われるように見て、そこで目が釘付けになった。


「えっ……うそ」


 思わず声が出た。

 瞬間湯沸かし器のように顔が熱くなって、胸が高鳴る。

 その中央にいる人物が誰であるか、すぐにわかった。

 他のメンバーと比べても頭ひとつ高い身長と、鍛えられた肉体。

 日焼けした少しエキゾチックなマスクに宿る、強い意志を灯した瞳に射抜かれた夏の日を唯は思い出した。

 記憶にある姿を、目の前で歓声を全身に受ける人物に照らしても、やはり間違いのないことを確信する。


「なんで……」


 そして絶望した。

 なぜならもう二度と会わないと思い、二度と会いたくないと願っていた人物だったからである。


「キャアアアッ!健さまァ!」

 

 健がアナウンスに片手を上げて応えれば、傍らで成美がウサギのように跳ねながらシャウトする。

 だがその声がずいぶん遠くのものに聞こえて、唯はその場に立ちつくしたのだった。

 


・・・・・・・・・・



 体育館から教室までの道のりがとても長く感じられて、唯はひどい倦怠感を覚えた。

 途中から言葉少なになった唯の様子に成美も萌も、気にはしている様子だったが声はかけてこなかった。

 いったん教室に戻り、既に入部先を決めている生徒たちはそれぞれの活動場所へと散っていく。

 そこで萌も二人と別れて、先ほどの体育館へと戻っていった。


「ユイちゃん、どうしたの?具合でも悪いの?」


 自分の机に戻ってもしばらく放心状態だった唯を見かねて、通学カバンを肩にかけながら成美は尋ねた。


「……ん、あ……うん、大丈夫だよ。すごい声援だったよね」


「うん、ちょっと興奮しすぎちゃって恥ずかしいけど」


「アイドルみたいだったね」


 成美に声をかけられたことで、少し気持ちを落ち着けた唯は、笑顔を作って先ほどの感想を告げる。


「そう、サッカー部のメンバーってカッコいいのに礼儀正しくて、優しい人が多くてね。だから男女とも人気あるんだよ」


 サッカー部のことを話す成美は、まるで自分のことのように誇らしげに見えた。

 唯は、いくつか聞いて覚えたメンバー数人のエピソードを語り始めた成美に相槌を打ちながら、これからのことを少し考えてみた。

 まず健は自分がこの学校にいることを知らない。そして学年が違う上に、自分は姿かたちもいくらかは変わっている。

 おそらく広い校舎の中で鉢合わせする確率は高くないだろうし、もし廊下などですれ違ったとしても気がつかれることはないだろう。

 そう結論が出て、ひとまず安堵する。

 成美はさっきマイクを握っていた、ゴールキーパーのキャプテン君の成績が常に学年3位だと告げる。

 ちなみに健も10位以内なのだと、本当はそちらのほうが言いたいだろうに、おまけのように扱うのがおかしかった。


 ふと唯は去年の夏に健と初めて逢ったときの、彼から告げられた言葉を思い出す。

 もしもあの時点で、自分が本当に女の子だとわかっていたら、どうだっただろう。

 あるいは最初から女の子として育てられていたとしたら、どんな言葉を返しただろうか。

 なんだかとても切ない気分になって、目の前の少女を見つめた。

 闊達で立ち居振る舞いも男の子のような印象があった成美だが、思いを寄せる人物のことを話すだけで、ずいぶんと可愛らしい女の子に見えてくるから不思議だった。

 成美や萌も、自分たちが女性であると何ら疑うことなく育ち、生きている。それは至極当たり前のことである。

 だが今の唯にとっては、それがひどく難しいことのように思えた。

 

 自分の本来である性を選んでから、半年あまりが過ぎていた。

 こうして女子生徒として高校に入学し、とりあえず生活を送っている。そんな中にあっても唯は胸の中に、少年であった頃の自分が影法師のように大きくなったり、小さくなったりしながら潜んでいるように感じていた。

 だからだろうか、いまだに唯は自分が女性として男性を恋愛対象に見ることが出来るか、自信を持てずにいる。

 去年の夏にファンタジーランドで明斗の振る舞いにドキドキしたのは、あくまでも「唯という少女」を演じていたからだと自己分析していて、かえって本当に女性だと明かした後の親友には、これまでの友情を上回るものを感じなくなっていたからである。

 

「あ、あのね……ナミちゃん」


 ふと思いついたことがあって唯は、サッカー部の話からなぜか学内食堂の話題になっていた成美に声をかける。


「でね、その天ぷらそばの……ん?なに?」

 

「ナミちゃんは健サ……先輩のどこに惹かれたの?」


「えっ……」


 逡巡しつつも尋ねた言葉に、それまで饒舌だった少女は、音を立てて凍るように固まったのだった。 


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