表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜人朱貴伝  作者: 霜月 幽
第1部 黎明
8/78

二の三 山賊退治――狼人趙翼

 囲われていた女達を解放してやり、溜め込んである金品財宝をみんなで分け合う。

 酒樽をみつけ、意気揚々とそれで一杯やり始めたところへ、供を連れたきれいな女が現れた。


「私はこの先の峠で茶屋を営んでいる百妥びゃくだというもの。恐ろしい金猛をやっつけてくれて、どんなに嬉しいかしれやしない。これで、あたしも安心して商売ができるというもの。これは、ほんのお礼の気持ち。どうか、たんとやっておくれな」


 と、供に運んできた料理を並べさせ、自ら携えてきた酒を一人ひとりに注いで回る。

 目尻が尖っていて、目つきがやけに鋭い女だったが、金猛を倒したおごりが出て気が緩んでいるので、気に留めない。

 朱貴も龍蘭も虎勇達も妖艶な色気に目尻を下げて、勧められるままに盃を重ねた。

 賑やかに飲み食らっていると、そのうち体が痺れてきて、みんなううんと、あっけなくぶっ倒れてしまった。ガルド族の龍蘭や竜人の朱貴までやられたところをみると、かなり強力な薬だったらしい。

 全員ぶっ倒れてしまうと、女は正体を現した。


「ほほほ、ざまあないよ。こんなのに倒されるなんて、金猛も落ちたものさ」


 そして、


「ほれ、さっさと始末をつけて、お宝は全部運び出すんだよ」


 と、供の者らに言いつける。男達の耳は尖っていて、ふさふさの尻尾がある。一様に尖った目つきで、口吻が長い。眷属けんぞく達は手に手に匕首あいくちを取り出し、無抵抗に伸びている男達の首を掻き切ろうと近づいた。


「待て!百妥」


 一声鋭く声がかかり、狼の顔の男が踏み込んできた。がっしりとした体つきの狼人である。全身黒く艶光りする長毛に覆われ、獣の革の服を身に着け、腰には角つき兎と大トカゲがぶらさがっていた。


「なんだえ、趙翼ちょうよくさんかい。お宝が欲しいんなら、少しはわけてやってもいいんだよ」


 百面狐の百妥が言った。


「そんなものはいらん。その男達を放してやれ」


 趙翼が意外な事を言った。百妥は驚いた。


「珍しいことを云うね。でも、こいつらはだめだよ。金猛の仇だからね」

「金猛の所業はあくど過ぎた。何れはこうなる運命だった。お前は金目のものを集めて、さっさと立ち去れ」

「趙翼さんの言葉でも、こればっかりはだめだよ。金猛とあたしはうまくやっていたんだ。こいつらを見逃すことなんか、できないね」

「どうしてもか?」


 趙翼の切れ長の目が、ぎらりと凄みを帯びた。黒い尾がばさりと大きく振られる。


「どうしてもだよ」


 百妥の眼も、殺気を帯びて赤く輝きだした。百妥の手下どもも、匕首を手にさっと散らばって身構える。


 趙翼の口が裂けた。鋭い狼の牙がぞろりと覗く。尾の毛がぼっと逆立ち膨れ上がった。

 腰にいた刀を抜く。細身で鋭く、よく鍛えられた逸品。それをがっしりした毛深い腕が正眼に構えた。


 百妥の口も耳まで裂けた。これも鋭い牙を剥く。白く長い毛がざっと顔と体を覆う。三つ又に分かれた長く白い尾が開いた。構えた指先から、鋭く長い爪が伸びる。


 眷属の手下達が匕首を突き出して、だっと、趙翼に飛び掛った。

 これを、一人の胴を払い、一人は蹴飛ばして、さらに返す刀で三人目を斬る。

 思わずひるんだ四人目を、踏み込んでけさがけに斬り捨てた。

 蹴飛ばされた男は石壁に頭を打ち付けて頭蓋が砕けた。


 たちまち手下を失った百妥は、怒り狂って両刃の剣で骨も断てよと斬り込んで来たが、趙翼はこれを跳ね返し、百妥の肩に打ちかかった。

 鋭い刃先を肩に受けて、百妥はだっと飛び退り、


「この恨み、覚えておいで!」


 一声叫ぶや、地を蹴って身を空に翻す。趙翼が追う間もなく、百妥は身も軽く木々の間に消えてしまった。



 趙翼はまだ痺れ薬が効いて正気づかない朱貴らに毒消しを飲ませた。

 ややあって、眼をぱちぱちと瞬きながら気がつく。そして、辺りに転がる四人の百狐びゃっこの眷属の死骸を見て、ぎょっとした。


「俺は、この辺りで猟をしている趙翼という」


 狼人があらためて挨拶する。朱貴達もそれぞれ名乗って、命を助けて貰った恩を拝謝した。


「あの女は、百狐の百妥びゃくだと云って、この辺りを通る旅人を薬で痺れさせて、所持品を奪うことを生業にしているあくどい雌狐めぎつねなんだ」


 金猛が屋敷を襲うときは、自慢の薬で眠らせて山賊業の手助けもし、持ちつ持たれつの関係だったという。趙翼達はお互い干渉し合わないでみ分けてきたが、好漢の朱貴達の危機とあって、遂に踏み込んだ次第だと語る。聞いて、朱貴達はいよいよ驚嘆した。


「それより、気になることがある。死体を数えて来たのだが、金猛の手下の一人赤火の姿がないようだが、気づかなかったか?」


 趙翼の言葉に、あっと朱貴達は眼を見合わせた。虎勇が思い出して、


「あの赤いとかげだな」と、確認。

「さては、金猛が倒れたのを見て、いち早く逃げたに違いない」


 龍蘭も唸る。


「赤火がこのまま黙っているはずがない。狙うのはなんだ?」


 朱貴がはっとしたように一同を見た。龍蘭がじっと朱貴の顔を見つめて云った。


「花嫁の行列は、明日、峠を越えてくる」

「よし、俺はここに泊まって、明日早朝から花嫁の行列を迎えに行こう。胡録の方も狙われる心配がある。龍蘭と虎勇、伯石は屋敷に戻って警護してくれ」


 朱貴は決断が早い。趙翼が山道は得意だからと名乗り出て、花嫁を迎えに行くのは、朱貴と趙翼、猿喜、果門と決まる。龍蘭と虎勇達は早々と山を下りた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ